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木曜日, 1月 07, 2010

性犯罪!?part.2

さて、と言うわけで、一旦は「敷居が低い」イメージを持った性犯罪だった訳だけども、果たして性犯罪ってのはほんとうに「敷居の低い犯罪」なのかしら?と改めて考えるに、微妙かもしれないよなー、てところに思い至ったのね。

何というか、窃盗とか暴行よりは少なそうだな、と。

が、一方で「性犯罪」ってくくりにしたならば、セクハラとか痴漢行為みたいのは、かなり頻繁にある事で、一度も痴漢にあった事がない人ってかなり少ないように思えるし、一方で、性犯罪の前科は窃盗暴行の前科よりも、ダメージがより大きいように思えるんだけども、どうなんだろ?

事がなんだか拡散しちゃう気がするけども、とりあえずどんどん書いていく。

文化コードとかって言うんだっけか、犯罪に対しての「敷居の低さ」みたいのって、かなり環境に依存するように思えるんだけども、痴漢みたいな「よくある犯罪」はよくあるからこそより敷居が低くなるって悪循環があるのかもしれない。

とかとか思いながらwikipediaの性犯罪の項目読んでると、性犯罪の特殊性みたいのがとてもこの問題を難しくしちゃうんだな、と思った。

これ読むまでは、どっちかで言うと、性犯罪も他の犯罪同様のものとして考えてるところがあったんだけども、例えばうわさの自衛なんかは、「性犯罪を前提とした自衛」ってのはかなり無意味で、単純に「弱者のサイン出来る限り出さない」ってな、犯罪一般への予防でカバーされるようにように思えるし、いつでもどこでもそれが可能ってもんじゃないのも当然過ぎるんだけども、ほんとに難しいのは「事後」の部分。

立件が困難なのだ。

水曜日, 1月 06, 2010

性犯罪?!

なんだか話が色んな方向に進んでるし、ぐるぐる回っていたりするしで、今うっかりそんな事に口挟んじゃうと、めんどくさい事になる場合もあるかもしれないなーとか思ったりして、読むだけにとどめてたんだけども、ささやかな疑問が自分の中にわいて来て、頭の中で考えてるだけだと収集つかないので、とりあえず文章にしてみる。

最初にぼんやり浮かんだのは、強姦ってのは人災寄りなんだろうか?天災よりなんだろうか?って疑問。

いやね、加害者と呼ぶぐらいなんだから、分類するなら人災なんだけども、元からして、天災と人災の区別がつきにくいと感じているのとこへむいて、強姦ってのが「一定数は存在するが、大多数の人は持たないところの特殊な性癖を持った人が犯す犯罪」だとしたら、状況的には天災寄りだよなーとか思ってさ。

法的な事には詳しくないけども、ほれよく責任能力のあるなしが争われるタイプの犯罪って、ここんところよく聞くじゃない。

強姦ってのが「一定数は存在するが、大多数の人は持たないところの特殊な性癖を持った人が犯す犯罪」だったとしたらならば、被害者の落ち度云々を重視するのはあまり意味がない気がする。

再犯防止や予防に役立つのは、「一定数は存在するが、大多数の人は持たないところの特殊な性癖を持った人」が、どんな状況でその犯罪を決行するのかを研究し、その結果を周知するのが予防になるんじゃないかと思う。

私は、強姦をした人たちの生の声を聞いてみたい。

それって、精神衛生上はあまり好ましくない気がしている訳だけども、あの人たちは、夜道を一人で歩いている女性を見ると、強姦してもよいと言う判断をしてしまうのだろうか?あるいは、夜道を一人で歩いている女性を見ると、自分を誘っているという判断をしてしまうのだろうか?ミニスカートをはいている女性をみると、無意識のうちに手が伸びるのだろうか?あるいは地味な服装のおとなしそうな女性を見ると、安心して押し倒してしまうのだろうか?常にそういった欲求を持って周りを物色しているのだろうか?逆になんらかのきっかけでスイッチが入るとそうなるのだろうか?

私には、強姦者がどうしてそんな行為に及ぶのかまるで分からない。

なので、強姦とは「一定数は存在するけれど大多数は持たないところの特殊な性癖を持った人」が犯す罪のような気がしてしまう。つまり一種の天災のようなものとの認識があるの。

だから逆に日常的に強姦予防を前提とした行動を取る事はない。夜道の一人歩きは怖いと言えば怖いけれど、それは強姦や痴漢行為を前提にしていると言うよりは、犯罪全般に対する恐怖で、「人目のなさ」と言うのは、肉体的に弱い人間にとっては避けられるなら避けておきたい類のものだけれど、何が何でもそうできるってものじゃないし、人間だれしも愚行権を行使したい気分になるときってある訳で、まぁその程度。

結局は、運が悪けりゃ殺されるなりやられるなりするし、運が良けりゃなにもない、と。

が、ここで再び困っちゃう。

強姦ってどうも「ありふれた犯罪」らしいって事。

「一定数は存在するが、大多数の人は持たないところの特殊な性癖を持った人」の一定数のパーセンテージが結構大きいのか、大多数の人が持たないところの特殊な性癖という認識に間違いがあったのか、後者だとすると前提ミスって事になるんだけども、そもそも強姦って犯罪の強度としてどの程度のものなんだろう?

考えてみただけでかなり耐えられないものなんだけども――初めて痴漢にあった時、血の気が引くぐらいショックを受けた、個人差のある事なんじゃないかとは思うけれど、人が人に対していきなりそういった行為に及べると言う事実に直面した気がした。だから今後は気をつけようと思う以前に、これも人間なんだと思うとぞっとした――、そういった行為に及べてしまえる、他者に対するある種の「敷居の低さ」が性犯罪にはあるように思えるんだわ。

疲れてきたからとりあえずここまで。

木曜日, 8月 27, 2009

課金と言う名 part.3

時間はないけどお金がある大人と、時間はあるけどお金がない子供とは書いたけれど、実際には、時間もお金もない子供や大人もいれば、時間もお金もある大人も子供も居る上に、多くのMMORPG同様、このKOにもRMT目的の業者や、一般人も入っているし、ゲーム内通貨を得る為の公認RMTでの、キャラ売りも成されていて、法的な問題はないだけに、色んな形でRMとゲーム内通貨がせめぎ合うような形で、市場のようなものが形成されてる。

実際のところは分からないけれど、引退者の中には、それまで培ったキャラやアイテムを何らかの形でRMに交換と言うのも、よくある事のように見えるし、使った時間やお金を考えるなら、それが悪い事とも一概には思えない。

実際、課金アイテムの相場からざっくり円に換算する事は可能だし、その金額は、他の遊びに比べるならば、(大人の感覚だと)決して高いとも言えないよな、とも思える。

が、理屈はともかくとして、一生懸命時間をかけてゲーム内での苦労もより多い方法で遊んで来たのが、一方でRMにものを言わせて、高LVのキャラを買ってものすごい装備をあっちゅうまに揃える人や、易々LVうpしちゃって、それを売って儲けちゃうのを「ずるい」と感じるのも、自然な感情だよな、とも思えるし、で、何を「フェア」と呼ぶのかの線引きみたいのが、ものすごく微妙だと感じる事も、とても多いのね。

多くの人が集まって、市場まで形成されちゃってるMMORPGてのは、ゲームそのものが持つゲーム性みたいのを超えた部分で、とてもダイナミックで複雑な部分を持っているなと感じる事も度々ある。

んでだ、そのプレミアムを使うって言う意味での「課金」に何か問題があるの?と聞いたらば、まず第一にプレミアムを使うと「課金者」である事が「バレ」てしまう、との返事。

それって隠す事なの?と最初に驚きはしたけれど、これを「フェアではない」と感じる感性みたいのは充分理解できる部分でもある。

一方で、RMBと呼ばれる課金アイテムが、「戦争」と呼ばれる「イベント」では推奨されてたりもするんだけども、これは一種の「おまつり」だからこそって部分もあるみたいで、聞くところによるとうちのサーバで顕著な傾向みたいでもあって、一種のローカルルールみたいなんだけど、みんなが使っているのに使わないのは「ずるい」みたいなノリもあるみたいなんだわ。

そこら辺をおおっぴらに口に出していたある人は、別の問題でアカウントをBANされたりしたんだけども、簡単にss(スナップショット)が撮れてしまうので、舌禍には要警戒
チートの類も運営に通報はされてるみたいだけど、大抵が捨てアカでなされるようなので、無礼な発言よりもアカ停止による損失(?)は結果的に小さくなるよな・・・

まさ、このRMを使う使わないに関わる部分ってのが、どっちに転んでも何らかの形で誰かにとっては「好ましくない」事と捉えられる、てのは、リアルと地続きの複雑さで、且つ、個々の状況や価値観を反映してるように思えるし、一方で、そういう事には「こだわらない」って立場の人も居れば、どう思われるか、みたいな部分を重視してる人も居るし、と、ゲーム性とはあまり関係のない部分での駆け引きや判断も色々必要になったりするんだよね。

後、ネットで根強い「嫌儲」みたいな傾向も、時々感じられて、運営は儲かりさえすればいいのか?!みたいな感じの事が、公式のコミュ掲示板では散見するんだけど、そこら辺ってアップデートの度に何らかの形で反映されてるようにも見えて、運営えらい、と感心する。

商売なんだもの、開き直ったところで儲かる訳じゃなし、納得してもらったところでユーザーが残るかどうか分からんし、道楽を「売る」って大変だよな、とか思う。

ま、まとまらんけども、MMORPGとRMについてって、結構面白いと言うか、複雑な部分なんで、またなんかあったら書くかもね。

課金と言う名 part.2

さて、こないだのつづき。

プレミアムを入れる事を「課金」と呼ぶらしい、てのが新しく知った情報だった訳だったけど、最初なんでーそれだけ特別にそう呼ぶの?とは思ったのね。

が、話を聞いてみるに、ゲーム内通貨では買えない特別なものが「プレミアム」だってのは、言われて初めて気がついて、そう言われれば、売買出来ない事はもちろんの事、確かにこれは他のアイテムよりも特殊ではあると言えるよなー、とも思ったんだわ。

と、その前にそもそもプレミアムとは何か、についてちょっと具体的に説明しておこうかと思う。

他のMMORPGを知らないので、他のゲームにあるサービスなのかもよーわからんのやけども、KOでのプレミアムカードってアイテムの効果てのを以下に。

獲得経験値が通常よりも増える
カードの種類によってそのパーセンテージは変わってくるけれど、1ヶ月で約3000円相当の、最も高いハイパープレミアムだと、なんと200%倍の経験値が入ってくるようになる
経験値がもらえるタイプのクエ(クエストの略)での獲得経験値も増える
死亡時の経験値ロストが3%になる
対人メイン(と呼ばれている)KOでは、対人対戦によるデスペナルティはあまり大きくなく、対人戦での死亡では経験値を失う事はないのだけれど、mob(狩りの対象になるモンスターをこう呼ぶ。moving objectの略らしい)死の際には、次のLVまでに必要な経験値の5%をロストしてしまう
LVが高くなるほど次のLVへの必要経験値が莫大になるので、高LVのキャラになると、mob死による経験値損失は、洒落にならない値になってしまう
NPCでの販売購入価格が割得になる
売値が高くなって買値が安くなって武器防具の修理代が安くなる
mobからのドロップ率が高くなる

という風に、プレミアムが入ると、ある意味ゲームの難易度が下がると言ってもいいぐらいのお得なあれこれが得られる、それはそれはおいしい課金アイテムがプレミアムなんだわ。

一方で、プレミアムってのは、他の消耗課金アイテムに比べると、お値段も高くて、一ヶ月分を円に直すなら1500円ぐらいからで、これはちょいと中高生にとっては必ずしも安いとも言いにくいんじゃないかとも思える訳よ。

実際、多くのMMORPGが無料を銘打って人を集めている訳だけど、いざゲームを始めてみたら、このプレミアムが入っている状態と入っていない状態の差ってのは、結構大きいとも思えるんだわ。

とは言え、時間がない大人にとっては、IN少なくてもLVがあげ易くてリスクも少なくなるプレミアムが1500円てのは、それこそ安いゲームを買う感覚で買えちゃうような手ごろな値段とも言えるように思える訳よ。

なんつーか「時間をお金で買う」アイテムと言っていいようなのがプレミアムだよなー、と。

果たして、ここで、時間はあるけどお金のない子供(と、ニートw)とお金はあるけど時間がない社会人、てな絵が描けなくもないよな、とか思い至った時に、長い時間を費やして、こつこつプレイしていたような子供にとっては、プレミアムで易々LVうpしちゃう上に、課金アイテム武器防具を楽々買っちゃう大人って「ずるい」、みたいな気分になるのも心情的には分かるよなーとも思えるんだわ。

一方で、MMOだって商売な訳で、課金してくれる人が居るからこそ運営が成り立ってもいる訳で、まるで課金アイテムを使わないで遊び続けるって事は、課金者へのフリーライドって見方も充分成立すると思えたりもするんだわ。

水曜日, 8月 19, 2009

課金と言う名

とても久しぶりに更新してみようかなと思い立った^^;

相変わらず、例の時間喰いのゲームにかかりっきりで、ちょいと(1)一身上の都合でとても時間がある状態になったもんだから、レベしたり狩りしたり露店したり、とゲーム内では忙しくなってるw

んでだ、丁度切り込み隊長さんのMMORPGに関するエントリー――依頼されて(ゲーム系)ポータルに書いた文章を、エントリーと呼ぶのかどうかは良く分からない。と言うか、微妙に違っている気がする――と、私が最近クランの連合チャットで聞いた話と、wikipediaのMMORPGに関する記述に、勝手にシンクロを感じ取ったりなんかしたんで、ちょいと文章化してみたくなったんだわ。

MMORPGとRMとの関係についてやねんけども、ゲーム業界事情みたいなお話じゃなくて、MMORPGでRMを使う事に関するユーザー側の事について、まぁだらだらと。

うちのクランは、中学生から社会人までと、多彩なメンバーがおって、平日昼間でも誰かがINしてるみたいな状態やねんけども――クランとは直接関係ないけども、さすがMMOと言うか、一般社会よりもちょいとニート率高いんじゃないかなーと思えるのは、何時INしても居るやつとかが、そこそこ居たりするあたり^^;――、こないだ高校生のクラメンが、同じ高校生となら俺の装備が負けるとは思えん、みたいな事言ってて、なんで?って聞いたら、大人はRMに物言わせるけども高校生だとそうはいかんからなー、と。

なるほどなぁ、このゲームのキャリアが私よかずっと長くて装備もずっといい彼なんだけど、中高生のお小遣いの範囲でやるとなると、簡単には手に入らない課金アイテムって色々あるし、2pc3pc使えるのも、やっぱ圧倒的に大人のが多いもんなー、と。

が、その一方では、課金アイテムを積極的に使った方がよしとされてる場もあるらしいねんけども、ここに新たな課金情報が加わったんだわ。

おっと、その前に、課金アイテムにはどんなのがあるのかについてもちょっと。前にどっかで書いた気がするんで調べてみたら、ガチャのことってエントリーの中にちょびっと書いてた。

んだけどだいたいで、0いっこ増えたのがKPて感覚なんだけども、2~300円ぐらいのもんから、3000円ぐらいのもんまであって、高いのは大抵武器防具系の消耗しないアイテム、安いのは有効時間30分とかみたいな消耗品、アイテムじゃない商品としては、プレミアムカードやコスプレみたいな、一定期間ゲームが多少有利な条件で進められるような商品で、これは消耗品ほど安くないけども、期間が長いんで、割り得感がかなりある。

とまぁ、KOの課金アイテムはこんな感じで、このゲームじゃどっちかで言うと装備隠しとかHP防御UPの要素の強いコスプレで、あんま種類もないんだけども、他のゲームだとアバターの衣装なんかも結構課金対象にはなってる、てな話も聞いたことあるな。

後、ガチャは大抵のMMORPGの課金アイテム(?)として標準装備ぽい。

と、ざっくり課金アイテムについて説明してやっと、新たな課金情報にたどり着きます。

KOでは、プレミアムを入れてることを課金してる、と表現するんだって。

一緒に聞いてた他の人も知らなかった、と言ってたし、果たしてそれがKO内で一般的なのかどうかも微妙なんだけども、こないだの一周年記念イベントの特別販売以外では、プレミアムだけは購入した瞬間に始まる事になってて、公認RMTと呼ばれてる「露天」での売買は出来なかった訳だわ。

疲れたのでつづきは後で

(1)一身上の都合
ちょっと体を壊して、しばらく仕事を休むと言う、なんともファジーな状態になってる
このまま同じ仕事を続けるのか、一旦退職して体調もどしてから新しい仕事を探すか、給与が下がっても色んな負担が減る他の部署に移る事を希望するのかも、まだ決まっていない

金曜日, 5月 08, 2009

嫌いなドラマ

TVドラマが嫌いだった。

全てのドラマが嫌いなんじゃなくて、ある種のドラマが嫌いで、見ていていらいらしてきて、ついつい突っ込みたくなるので、楽しんで見ている人に嫌な思いをさせてしまうかもしれないと思い、私もいらいら見てる人もむかっを避けるには、見ないのが一番いいんじゃないかと考えて、出来るだけ、あ、これ嫌い、と思ったら、見ないようにしようと思っていた。

が、今日タマタマだんながとなりで見てるドラマ動画が、なんと言うか、とても古臭い感じに、私が嫌いなタイプのドラマのパターンを押さえていて、隣で勝手に流れてるぶんには、なんと言うか、お茶の間でみんなで同じ番組を見るってのとは、かなり趣が違っている上に、こちらも年をとったんで、昔ほどイライラしなくもなっていて、色んな意味で感心する事しきり。

まずね、↑に書いたみたく、見事にパターン化されていたので、逆に「おやくそく」のようなものがよく見えて、昔のドラマぽいと思えたのも、その部分に関しては、まるで外していなかったからやねんな。

#だから、これが「おやくそく」を踏襲していると感じるには、ある程度昔のドラマを見ていたから、てのがあるねんけども、TVドラマに限らず、キャラに「役どころ」を持たせるのは常道と言えばいえるんで、ここら辺は微妙かもしれない
#一方で、私が「優れている」と感じる小説なりドラマなりってのは、キャラが「役どころを演じている」と感じさせない(立派という意味じゃなしに)厚みと動きを感じさせるものやったりするねんけども、時々リアルの人間にも、「役どころを演じている」と感じる事が少なくなくて、リアルが混乱している

まね、そんなそんな訳で、嫌ポイントがそれなりにクリアに認識できるように思えたんで、ここに列記してみようと思う。

まずね、ドラマの種類としては、立身出世(根性)物語。成長物語との違い、と、私が考えるのは、成長に伴って、必ずある種の社会的成功が伴うものが、立身出世もの。

このパターンがそもそも嫌。本来因果関係が明らかじゃない「成長」と「成功」が当たり前のように紐付けされているのがいやらしいと思うし、主人公の努力は紆余曲折を経ながらも、必ず報われるのが分かりきっているので、ストーリーを追う気が失せる。

次に、この手の根性ドラマに必ず登場する「目利き」の存在が嫌い。

私が「目利き」と呼んでいる「役どころ」ってのは、「人を見る(見抜く)目がある人」で、主に上司とか教師なんかをやってるような人の中にそんな人が居る。

主人公は「目利き」に目をかけられて、成長し成功していく。なんか嫌じゃない?贔屓とかそういうんじゃなくて、とても保守的な気がするんだよね。

「目利き」てのは、歴史とか伝統みたいなもんを象徴してるように思えるんだわ。それに「目利き」に「選ばれる」って、民主的じゃない。

「目利き」に「選ばれる」ってパターンって、物語じゃ少なくないんだけど、まだ「芽」が出ないうちから、目をかけられたりしてて、私にはひどくアンフェアな事に思えるんだわ。

結果を出したので認められる、てんなら当然と思えるんだけども、そうじゃないじゃん。そんな流れを見るだけで、あ~わかったわかった、とか思ってしまう。

ライバルは悪いやつで、ずるい事をしたため、自滅する。もうこれ無理。絶対無理。

愛想は悪いが根はいいやつとか、言葉は乱暴だが心はやさしい、みたいなパターン。因果関係ないものを、あたかもそれがあるかのように表現しているのに耐えられない。

困ったやつを「かばう」目的で使われる事が多いんだけど、愛想が悪い事実は性根の良さで打ち消されるもんじゃないし、言葉の乱暴さも同様な訳で、欠点は欠点として、長所は長所として分けていないのが、とても気持ち悪い。

ただ、これはかばった人のキャラによって、使用が許せるか許せないかが 多少変わってくるんだよね。

ポジションが上の人がそれをやると、あ~こいつダメだ~とか思っちゃうんだけど、子供とか、役どころとして「頭が悪い」キャラがそれをするのはおk。馬鹿限定で使用可能って感じかなぁ。

あーむちゃな因果律が、事実の重みを持つ心配がなさそうなキャラが使う分には、かばいたい気持ちを重んじてもいい、て感じかも。

日曜日, 4月 05, 2009

ネトゲをする人

久々の更新^^。いやもうゲームばっかやってて、ネトゲはほんっとに時間食いだと思う。

元々、MMORPGに手を出さなかったのは、時間勝負って部分がかなり大きいからやった訳やけし、 実際にプレイしても、明らかに長くプレイしてる人程何かと有利な事が多いように思える。

あ、「有利」てのは適切じゃないな。時間かけたぶんだけ強くなれる、まぁなんつーかそれなりに「努力が報われる」仕組みになってる(笑)。

が、今日はゲームについてじゃなくてゲームしてる人について。

と言ってもネトゲプレイヤの生態についてじゃなくて、ネットするようになって、それ以前よりもより強く感じてた、大人と子供ってたいして変わらんなーてのが、ネトゲだといっそう顕著になるよな、みたいな事。

どこのクランでもそうなのか、私はまだ4個のクランしか経験した事なくて、そこら辺については何とも言えんけども、顔が見えない状態だと、相手の年齢がまるっきり予想外だったりして、話の流れで高校生と知った相手が、とてもジェントルでえらいしっかりしてるんだとびっくりしたと思ったら、一方で中学生ぐらいかなーと思ってた人が、明日仕事が早いので、とか言って落ちたりする事もままあってさ(笑)。

必ずしも逆転してるってもんでもないけども、見た目を持たない推定年齢って、結構はずれる訳なんだわ。

こんな事って、ネットするようになってから度々あったし、自称と実年齢は必ずしも=じゃないネットだけども、年齢差よりも個人差のがずっと大きいよな、みたいな事が、話題がかなり限られてる上に、生活に密着した部分のほとんど無いゲームの中だと、逆に際立つんだよな、と。

後、性差もね。キャラの名前や見た目が女性だと、漠然と女性だと思ってしまうねんけども、一人称「オレ」の女性キャラ結構居て、キャラ=自分の分身てもんでもないから当たり前ちゃ当たり前だけど、 見た目に引っ張られてしまうのは、ゲーム内でも結構あるな。

ただね、女性だと思ってたのが実は男性だった、てのは結構多いねんけども、男性だと思ってたのが実は女性だった、てのは経験ない。

ただねー、これに関しては、私が分かる分からない以前に、男性だと思われてたらしい女性の方から、私は女ですって、もしかしたらあんまり言わないのかもしれないな、とも思うんだわ。

いや、当然一般化は危険だけども、私、ネットで男性と思われた事(が、判明した事)、それなりにあるねんけども、間違ってるかもしれないと分かっても、なんとなく、私は女ですみたいな事って、言いそびれるんだよね。隠すとかじゃなくて。

私の感じ方の癖みたいなもんなのかもしれないけども、男前面に出てないと、なんとなく女性だと思っちゃう、みたいのはあるのかもね。

火曜日, 12月 02, 2008

スーパーのパートのおばさん

うーん。と、スーパーの現場で働いてる私は考えていた。

とても盛り上がっているのだけれど、私が気になっていたのは、「レジの技術」や「接客態度」に注目が集まるという現象の方。

理由の方は至極簡単で、お客様のところからよく見える部分だから。

「接客態度」てのは、とてもクレームになり易い部分で、前のコンビニのレジのおばちゃんの話が盛り上がったのも、誰もが自分の体験と重ねやすい事例てのは、盛り上がり易い部分だし、多くの人が経験しているような事ってのは、クレームになり易い部分でもあります。

給与に関しては、適切だと思える概略を書いたエントリーがトラックバック先に沢山あるんで、私は、実体験から少々。

小売業界のパートでも、「職能給」のようなものは多少は取り入れられている場合もあります、が、せいぜい時給がん十円上がるって程度だし、私個人はそれがそんなに重要な事だとも考えていない。

確かに個人差はあるけれど、個別の生産性を多くの人が納得できる形で計るのは実際には困難だし――多くのパラメータを設定した上で、同一条件で測る必要があるんじゃないかと思う。成果主義が結果的に上手く行っていないように見えるのも、そもそもが測るのが困難なもの無理やり測ってしまったから、って部分があるんじゃないかと(勝手に)思っている――、十円二十円の為に、個別の細かい査定をする方が余程コストがかかるだろうと思う。

後、元々が、コスト削減の為にパートを使っている訳で、「パートである」と言う時点で既に低コストなのだから、私個人の感覚だと、まじめにふつーに働いていればそれでいいんじゃないかと思っている。

#リンク先で、自信と誇りを持って、みたいな事が書かれていたけど、私は、もしも上司からそんな事言われたら、むしろ引く
#なんつーか、仕事は仕事。自信や誇りのあるなしで結果に違いが出る方が、好ましくないんじゃないかと思っているし、一方で、おだてられたからと言って、木に登ったり裸になったりは出来ないよな、みたいな

まさ、それはおいといて。今回書こうと思ったのは、シャドーワークとかそんな事。

大型スーパーでも食品スーパーでも、なんでもこなすコンビニとは違って、スーパーてのは大抵は部門別に分かれてて、私がやってる「食品品出し」だと、店舗内での作業もそれなりにあったりするけども、殆ど店舗に出る事の無い仕事ってのも、結構多い。

私は、食品関連の方の経験しかないんで、家具や衣料品や雑貨の事はもひとつ分らんけども、食品部門では、大部分がバックヤードのお仕事になってて、荷受、発注、在庫管理、生鮮食品だと肉や野菜を切ったりパックに詰めたりと言った下準備、商品の衛生管理や、調理場の衛生管理、価格変更、ポップ付けに、売り場作り、と、それらに伴う(整理整頓といったタイプの)諸作業。まぁ、だいたいこんな感じ。

お客様に直接接する事は少ないけれど、そんなんが全部ちゃんとそれなりに廻ってスーパーは動いている訳。てか、スーパーに限らず、多くの業種でそうなっている(はず)。

でね、時々思うのよ。正直な所を言うと、接客に求められているものが「過剰」なんじゃないのかな、と。

お待たせしない、とか、丁寧で行き届いた対応みたいな「心遣い」は、当然そうであった方がいいけれど、実際に「必要不可欠の部分」とは結構遠いじゃない。「安全性」は言うに及ばず、「買いたいものが安く楽に買える」事の方がずっと大切。にもかかわらず、「対応」へのクレームは鬼門になってる、みたいな。

私個人は、「接客」される事自体が「負担」になる方なんだけど(無人レジ大好き)、なんしか、過剰な接客を「するな」って声は上がり難いし、今日びは企業の側も「安全マージン」を大きく取ってるから、一概にお客様(≒消費者)の要求が上がり過ぎている、とも言えない部分ではあるけれど、やっぱ「目立つ」部分だもん、盛り上がりやすいよな、と。

ただねー、個人的な希望を言うならば、「お客様第一」てのは、「お客様の機嫌を損ねない事」じゃなく「お客様の安全を守る事」とか、お客様の快適にお買い物をして頂く事とは、お客様に「いい気持ちになって頂く事」じゃなくて「不便を取り除く事」みたいな、そういう方向にシフトした方がいいんじゃないのかなぁ、みたいな気分があるのよね。特に、スーパーみたいな日常の必需品を売る店なんかだと。

#ある意味、お客様に向けて、と言うよりは、経営者に向けて、だよな、これって
#もしかしたら、食品スーパーは「営利組織」でない方がいい、と言ってるのかもしれない
#生協とかソッチの方が私に向いてたかもしれないな
#後、消費者の「意識」を変えたいてなものすごい「野望」でもあるよな

顧客「満足」って難しいね。

ネット圏の捉え方part.2

とと、最初はみつけられなかった元記事が、otsuneさんのモヒカン族とムラ社会の文化衝突の例として「なんとなくかくにっき」騒動て、エントリーから行けるのが分った。

#が、日付が2005年になってて、これは、なんかのエラーなのかな?それとも、他の事があって、過去の事例を示したんやろか?
#てか、このリンク先はアーカイブの方なんだ。よく残してくれました。

これで、経過も反応の方も確認できるや。おおすごい。

まさ、この時の「反応」のありようが、ブログってもんがある程度普及して、トラックバックなんかでどんどん繋がって広がっていく経過を最初に直で見た、と言うか、もうこの頃には「まとめサイト」みたいのも結構あったけども、なんと言うか「ありがちなささやかな事」が――みようによっては、ありがちでささやかだったから「こそ」なんかもしれんけども――どんどん「延焼」して行くようにも見えて、「ツールの力」みたいなもんを実感できる、印象的な事件だったんだわ。

んで、だ、この時書かれた「もうヴァーチャルじゃねーんだな、と」のエントリーはさ、ブログの繋がり易さとか、あっさりリアルと接続しちゃった身も蓋も無さみたいのに対して「これまでとは違ってきた」みたいな詠嘆なんじゃないかと思えるのよ。

あの頃はさ、ネットって、リアルじゃ口に出せないような「ホンネをつぶやく」場所みたいな雰囲気あって、blogと日記の違いみたいのも、よく語られてた訳さ。

でだ。まだ「スルー力」なんて言葉も無かったこの頃起きたこの「なんとなくかく日記」騒動(事件、じゃなくて騒動だったのね)では、電凸て言葉も無かった訳やけども、アクセス元の学校経由で、いたづら相手の学生に注意を促し、事の経緯を公表する事に対して、適切な判断、と好意的な意見と、一方で、大袈裟、やり過ぎ、みたいな批判も起きたりしたんやけども、そこで私が面白いなと思ったのは、この管理者様が、ご自身のブログを「家」と表現し、ネットとリアルは地続きだと認識していらっしゃったからこその警告だった、てあたり。

私は、この一連のやり取りを通して言いたかった事があります。それは、インターネットも普通の社会と同じ。だから、実社会でやってはいけないことを、インターネットでもやってはいけないし、やって欲しくない。これからのインターネットを担う彼らには、そういうことを学んで欲しかったので、わざわざ連絡を取って対応をしたし、記録として他の人にも役に立つと思ったから公開したのです。
それが技術的に可能である・当たり前にできることを知っているから、自分がそれをする・されることを当たり前に受け入れられる
あるいはネットの世界そのものが「できるからと言って、何でもやっていいという訳ではない」という風潮に傾いてゆくのか。

わずか5年前に、otsuneさんが、モヒカン族とカテゴライズした管理人さんのネット観と、自らをgeekとおっしゃるはまちちゃんさんのネット観とは殆ど重ならないように見える。

ここの部分に関しては、私には、単純に、はまちちゃんさんのモラルが低いだけに思えるけれど、私もモラル低いんで、自分が得できて面白くて、他者に(さしたる)被害がないようならば、問題ないです。

感覚の方は知ったこっちゃないですが、実害がないようお願いしたいと思います。まとまってねー。つかおちがつかないや。

ネット圏の捉え方

ってエントリーを読んで、なんだか既視感があったんで、「もうヴァーチャルじゃないんだな」で、ぐぐってみたら、おおっ、ちゃんと残ってた。

実際には、「ないんだな」じゃなくて、「ねーんだな」やったみたいやったけども、それでも検索結果はちゃんと私が求めてたエントリーがヒットして、やるじゃん、googleと、一瞬思ったけども、よくよく見たら、「もうヴァーチャルじゃ」で一致したのがこれだけだったんだ、と、分ったけども、「文章」で検索したらば、(それなりに)精度が上がりやすくなるんだ、てのは、ちゃんと覚えておこう。

おっと、すぐに話が他所へ飛んでしまうのは、私のとても悪い癖だな。

で、今回改めて調べてみて、これが「なんとなくかくにっき」事件から出たエントリーだったんだ、と、調べてやっと知って、改めて、「なんとなくかくにっき」事件の事も思い出していた。

が、実は、最初にリンク貼ったエントリーで示されてる「geek」てのが上手くイメージ出来なくて、もひとつ掴みきれていない上に、並べて示されてる「女の子」てのもやっぱり同じように掴み難くて、だから、本エントリーの趣旨が既に「よーわからんなー」て感じの状態やねんけども、それでも、「もうヴァーチャルじゃねーんだな」エントリーを思い出したのは、以下の短い文章からやねん。

これまでgeekの遊び場だったネットの世界も、「geekの常識」が通じない世界(の方が主流に)に変わってゆくのかもしれないね。

ここが、(私にとっては)すごく面白い部分やねん。

この二つのエントリー、の「もうヴァーチャルじゃねーんだな」は2003年のもので、それが書かれるきっかけになった「なんとなくかくにっき」事件、とか言うのが、あの時起きたんだわ。(参照:なんとなくかくにっき~ブログサイト

残念ながら、私個人は、この事件そのものには、あんまり興味が持てなくて、参照リンク先でも書いてるように、その後で起きた「ブログ(ツール)論」(山田BBSだったんじゃないかと思う)の方に向かってしまったんで、この日記読んでも、当時の「論争」がどんなもんだったのかは、分らなくて、今になって考えると、簡単なものでもいいから、「事件そのもの」への感想を書いておけばよかったな、とか思った。

そんな訳で、改めて、ぼんやりした記憶を辿る程度の精度やねんけども、事の経緯を思い出して書いてみようと思う。

この「なんとなくかくにっき」は、当時としては、「目新しかった」(だから、そのツールを利用できるスキルがある人だけが使えたような)ブログツールを利用して、個人的日記――どちらかと言うと、世の中に何かを訴えかけるようなものではなく、備忘録のような利用法をしていた(が、技術的な内容が多く、情報共有も視野に入れていたので、公開していたのだと思う)――を書いていたのが、この「コメント欄」に元エントリーとは全然関係の無い「つぶやき」が書き込まれた、て事からこの事件と論争が始まったのね。(つづく)


(つづき)とと、最初はみつけられなかった元記事が、otsuneさんのモヒカン族とムラ社会の文化衝突の例として「なんとなくかくにっき」騒動て、エントリーから行けるのが分った。

#が、日付が2005年になってて、これは、なんかのエラーなのかな?それとも、他の事があって、過去の事例を示したんやろか?
#てか、このリンク先はアーカイブの方なんだ。よく残してくれました。

土曜日, 11月 29, 2008

聞いていません、か

この人の書くものは、いつも不思議だ。

怒っているのはよく分るし、怒る理由もそれなりに理解出来るんだけども、明らかに説明不足と(私には)思える事が多いんだよね。

なんと言うか、とても「ぬかってる」。

今回のこの記事もそう。

「聞いていません」が「常套句」になっているってのは、これが、昨日今日始まった「目新しい」タイプのトラブルじゃなく、とてもよくある事だからじゃないの。

私の感覚だと、いかに「聞いていません」と言われないようにするか、が、重要な事って気がするねんけどな。

(もしかすると、こう言う考え方って、ある意味、嫌な考え方なのかもしれないけれど)たとえ悪意がなかっても、人は、間違えるし、忘れるものだ。

だからこそ、復唱したり、伝票作ったり、受け取り発行したりして、「聞いていません」を回避する術を用意している訳じゃない。

「日時」ってのが、とても重要なものだったのならば、確認するのはもちろんの事、最初に期限を「明示」すべきだったんじゃないのかなぁ。宅配だって、時間指定するようなご時世じゃない。

もちろん、受けた側もとても「ぬかってる」とは思った。販売チャンスをみすみす逃がしている。

にしても、「売りたい」のならば、もっと着実にやった方がいいんじゃないのかなぁ。今回のやりとりに関わらず、「何時」「どこで」「何を」「幾つ」「どのように」みたいな、基本的な情報みたいのは、書面で明確化して最初にやり取りしておくような類の事のように思えるねんな。

「出版業界」とか「芸能界」ってもしかしたら、古い体質の業界なのかもしれないな、とか思ってしまった。

金曜日, 11月 28, 2008

仕事の事――雑感

それにしても…難しいもんだな、と思う。

後、都会と地方じゃやっぱ色々違ってるよな、とも思う。

こっち来たばっかの頃に今の勤め先とは別のスーパーに、ダンナと買い物に行ったんだわ。

ほんとに来たばっかりの頃で、まだお互い仕事も決まってなくて、のんびりしたもんだったから、よく一緒に買い物に出かけたりしてたんやけども、カート押しながらアレコレ見放り込んで、私これ覚えてんで、おしけたるわ、と、こっちに来てから覚えたばっかの、無人レジのトコへ行って、スキャンしながら商品を買い物袋に入れているに、本日のお買い得商品であるところの、3連プリンが、お買い得価格の99円じゃなしに、(たぶん定価の)148円と出る。

えっ?と思って、念の為、置いてた場所に確認に行きますに、POPでは、やっぱり99円。

うわー、売価エラーだよ、つーか売価変更忘れてるんや。お買い得品(エンドに平積みになっていた)でコレはまずいやろ。とは言え、お買い物に行った時間は既に午後。

おいおい、今の今まで、クレームなかった訳?と、とってもびっくり。いっくらなんでもこのままじゃマズかろう、と、レジの所へ行って、事情を話してお買い得価格でお買い上げした訳やけども、お客様は気がついてなかったのか、金額が少ないから言いそびれたのかは分らんけども、何だかのんびりしてるなー、と、色んな意味で感心したんだわ。

んで、いよいよこっちのスーパーで働き始めますに、なんと言いますか、どうも「正確さ」よりも「速さ」を重視してる傾向があるみたいで、部門が違っているから、てのももちろんあるけども、私の今までの感覚からすると、全体的に「雑」な雰囲気。

一方で、お客様の方も、都会に居た頃のような「悪擦れ」したような感じのクレームは殆どないみたいで、たまーに同僚の愚痴で出てくる「困ったお客様」の話を聞いていても、こないだの困ったお客様の事を考えても(参照:Diary: ふつーのおばさん)、確かに困りはするけれど、「悪質さ」みたいのは、あまりなく、そんなこんなから、クレームに対する認識の違いとか、危機感の置き所の違いみたいのを感じる事って結構あったんだわ。

そして、今回の件。

そりゃね、私も、何でもかんでも杓子定規にやる必要はないとは思ってる訳よ。ただ、こういった「雑さ」(と、私が感じているもの)に、どうも馴染めなくて、と言うか、「まだこっちでは問題になっていないだけ」で、(私を含む)消費者が、色んな意味で変化しつつあるし、社会的な要請も高まってるんだから、遅かれ早かれ何らかの形で変わる必要のある部分だとも思っていて――と言うか、全員朝礼なり、伝達事項なりでも、コンプライアンスに関する事は繰り返しアナウンスされている――、損得ももちろんあるけども、これで大丈夫なの?みたいな不安が結構あるねんな。

ただねー、今回私が感じたようなタイプの不安って、ずっとこっちで働いて来た人とは、どうも共有しにくいみたいやねん。

いやね、リーダーに不信感がないか?って言われると、無いとも言えないよなー、と言うか好き嫌いで言うと「嫌い」やけども、それ以上に、仕事に対しては真面目な人だけに、「良かれ」と思ってルール違反を犯しちゃう恐れがあるんじゃないか、みたいな不安と、そんなのに「巻き込まれたらかなわん」って方への心配の方が、私は大きいねん。

一方で、ダンナは最初、ちょっと聞いてみる、みたいな話をした時には、「目ぇつけられるんとちゃうか?」みたいな心配してて、そっちの方向への想像力がなかった私は、兎に角確認しておきたいねん、で通したけども、続けて、杉本さん(仮名)の話した時には、それは事実なら「パワハラ」やな、とも言ってて、どこに問題点を見るかで、随分とお話も変わって来るよなー、とか考えると、色々複雑なもんだな。

火曜日, 11月 25, 2008

ドットイートゲームから自機制御とか

制御のし易さって結構大きいかもしれないよなーとか思っていた。

おお、微妙にいいタイミング、と思ったエントリーに、懐かしいゲーム画面もあって、色々考えてしまった。

いいタイミング、と思ったのは、この手のゲームの事を「ドットイートゲーム」と呼ぶんだと、つい最近知って、なるほどなぁ、と、感心した矢先にこのエントリーに出あったんで、私にとってはナイスタイミング、だったというお話。

もっとも、ここで紹介されてるゲームで、実際にプレイした事あるのは、パックマンとデビルワールドとFC版のマイティボンジャックだけで、後、ダンシングアイは、お気に入りのゲーセンで、見かけた事があって、3Dを生かした面白い演出だなーと、思わずデモ画面に魅入った作品ではあったけども、いかんせん、おばさんなんで、微妙にプレイするのがためらわれて、プレイには至ってない。

で、プレイしたことある、パックマンとかデビルワールドの事考えてたら、この手のゲームてば、「自機の制御」が結構めんどかったよなぁ、とか一旦思ったら、ああ、そうそう、「あの頃」のゲームってば「自機を制御する」事自体が、テーマになってるって部分があったよな、とか思ってさ。

スーパーマリオブラザーズの加速は言うに及ばず、パックマンでも、デビルワールドでも、止まりたいと思ってからじゃ既に遅い、みたいな部分があって、長く遊ばせる為の工夫の一つだったのか、ハードの限界の問題だったのか、ゲーム性を高める為の工夫のひとつだったのかはイマイチ私にはよー分らん部分やねんけども、自機を自由に制御するためには、そこら辺の具合を把握する必要のあるゲームって、この頃はあんまりないよなーとか思ってさ。

これって、何時頃からこうなったんだろ?

スト2やってる時には気にならなかったコマンド入力の「速度」が、ターボやっちゃうと、全然タイミングが違ってきて、だけども、ターボの方が断然感覚的にはフィットした、みたいのがあるじゃない。いやさ、世間のゲーマーのみなさんの事はよー分らんけども、私にはそう感じられた訳よ。

んで、そのフィット感がSNKのゲームではより良かった――ような気がしてるけども、単純に、てきとーにがちゃがちゃやってても、技が入りやすかっただけって気もする――ような気がしてるのね。気だけ。

んで、入力がダイレクトに反応する方が、プレイヤとしては気持ちがいいのかもしれないよなー、みたいな気分を持ってた訳やねんな。

ぼんやりそんな事考えてた頃合に、ひょっこり、オールドタイプインベーダーを遊ぶ機会を得たんだわ。子供がまだ小さくて、ポートタワーだかに遊びに連れてった時の事よ。インベーダーの癖に、テーブル筐体じゃなくて、スタンドタイプやったんやけども、まぁ、そんな風な能書きがついた筐体が、ポートタワー内の展望台のとこにあったんだわ。

おーなつかしー、つか、おかーさん、名古屋射ち出来るねんで、と、いっちょ上手いトコ見せて自慢しよ、と思って、なんでこんなゲームに今更100円入れんとあかんねん、と、ちょっと癪に障ったけども、見せびらかしたい気持ちの方が圧倒的に勝ってたんで、プレイ始めた訳よ。

えーと、28発目と32発目やったよなー、と、UFOで300点出せる数の事考えながら(面クリは当然と思っていた)、プレイ開始したらさ、えっ?えっ?連射できへんやんか。あーーーっ!こんなに連射の感覚が「開いて」たんや。

いつの間にかさ、「押したら出る」もんだと思い込んでたけども、あれって、連射リズムに合わせて撃つもんだったんだよね。

名古屋射ちどころか、何ででーへんねん??と思ってる間にあっさり死んで、身を持って、ゲームの進化を実感したと言う訳よ。

ただね、私個人は、自機を制御する事が、ゲームの中に「そんなもん」として組み込まれてるのは、あんまり好きじゃない。

ドットイートゲームってやってみなきゃ、「どのぐらい」制御できないかが分らないような部分があって、あんまり面白いとは思えなかった。数こなしてないから、何とも言えないけども、走ったから>加速した、とか泳いでいるから>動きが遅くなる、みたいな、ある程度の説得力がないと、もひとつ制御へのモチベーションが上がらないんだよね。

考えてみると、制御を学ぶ(≒楽しむ)ようなタイプのゲームでは、リアルさが大切で(ドライブ・フライトシミュレータとかFPSとか)、そうじゃないゲームだと、出来る限り入力はダイレクトに反応する方が好ましいよなー、とか思う訳ですが、これは、嗜好の問題なのかな?

土曜日, 11月 15, 2008

日本語ねぇ

マルチメディアがあるじゃない。

例の、日本語が滅びる時関連のあれとかこれとかを色々読みながら、何で「言語(ことば)」にこだわるかねー、とか思っていた。

私は、本が好きな子だったし、今でも、文章を読むのは大好きだけど、「伝えたい何か」が、必ずしも文章で表現される必要はないんじゃないかと思っている。

前に、ほんとに、ちょっとしたメモやったんやけども、理解・共感てなタイトルで書いた「音でも匂いでも」て感性は、とても大切にしたいと思っているもののひとつで、私は、(結構言葉にこだわる方である割に)「言葉」よりも、「伝わる」って事の方に、ずっと重きを置いている。

第一に、私は「人の心性の普遍性を信じていて」(参照)、一方で、それが「言葉」に回収される部分ってとても小さいと思っていたりするんだわ。

#だからこそ、逆に、それがきちんと「言葉」として表現されていると素晴らしい!!!!とも思ったりする訳やけども、一方で、何か伝えたい事があるのならば、それを「言葉」で表現するのは、二次的な問題だとも思っている
#私が、ゲーム画像を使いたいのも、操作説明動画を作ったのも、言葉に回収するのが困難だと(私には)思えたからで、とりあえず、コントローラ握ってくれよ、そしたら、きっと分るから、みたいな思いがある訳なんだわ
#ただ、子供に言わせると、私の(言語による)感情表現は、かなり稚拙で、無駄に詳しい割に、熱さが伝わってこない、と、言われている
#自分の感情表現で一番幼稚だなーと思える部分は、形容詞が「すごい」(と、それに類する語)ばかりなのと、擬態語が無駄に多いところやけども、詳細が説明的なのも良くないらしい

そりゃね、文学やってる人が、言葉(言語による表現)にこだわるのは当然ちゃ当然なんやけども、一方で、文学が目指しているものを考えるならば、「規範的な日本語」である必然性って、全然ないんじゃないの?とも思えるねん。

なんつーか、ブンガク(小説)てば、「言語芸術」じゃないと思うのよ。もしかしたら、「詩」はそうかもしれないけども。

ブンガクてば、言葉でもって、ある種の英知を、多くの人に、頭ではなく心で分らせる作業なんだと思っていて、人の心性の普遍性を信じている私としては、それが、どんな言語を用いていたとしても、伝わるものをこそ、ブンガクと呼ぶんじゃないのかなぁ、とか思っているんだわ。

優れた翻訳あってこそ、て部分はあるんじゃないかとは思うけど、多彩な言語には、それぞれ多彩な語彙がある訳だし、時には、そのまま使ってもいいんじゃないかと思うし――「Kawaii」とかまんまじゃなかったっけ?――いよいよ言語化が不可能になったらば、音でも絵でも動画でもいいじゃないのさ、伝われば。

水曜日, 11月 12, 2008

空気の事part.2

これだ!空気って!

前に、ちょっと空気の事を書いたじゃない。後で、空気ってコレなのかもしれない、と思ったエピソードについて書こうかなーと思いつつ、(何時ものように)投げっぱなしやった訳やけども、あっ、これこれ、この行為が私が今回新たに発見したところの「空気を読む」って行為と被ってる、と思えた記述に出会えて、おー、それそれ、と、(意味もなく)嬉しくなったんで、改めて書き始める。

先ずは、おーそれそれ、と思えた部分を引用。

その4「you mean」

これは「その2」の裏返しのことなのだが、とにかく日本人は理解してないくせになんでも理解した振りをするのだそうである。そしてそれが非常に厄介だということだ。

例えば頼み事をしたら、「Yes, OK」とか言ってニコニコと笑ってる。だからすっかり理解してくれたのだろうと思って暢気にかまえていると、いつまで経っても何もしてくれない。だから、痺れを切らして「どうしてさっきのことをしてくれないのだ?」と聞くと、また「Yes, OK」と言ってニコニコ微笑んでる。それでようやく、これはどうも変だぞということに気がついて、よくよく問い質してみると、さっきの言葉は実はちっとも通じてなかったというのがこの段階になってハッキリするのだ。

だから、外国人は日本人に対して「分からないなら分からないとハッキリ言ってほしい」と思っている。それを、分からないことは恥だと思ってこちらの気持ちを忖度し、結局ディスコミュニケーションになるいうのが一番困るのだという。外国人にとっては、通じなかったというのは恥でもなんでもないから、その時は遠慮なく尋ね返してほしいのだ。

そうした時に「you mean」から始まって会話の内容を尋ね返されると、もうそれだけでこいつは信用に足るやつだと、嬉しくなるのだそうである。こいつとはコミュニケーションが成り立つということで、普通なら無理かと思われた融資も二つ返事で引き受けてくれるようになるらしい。

とにかく、彼らは日本人の知ったかぶりに閉口してるから、「you mean」と一々聞き返してくれる日本人が現れたら、それだけでもう決済が通ったかのような気分にさせられるのだということだ。

一旦、コピペしてから、引用部分に本文に沿ってタグを追加した。思いの外長い引用になってしまったけども、これは、ハックルベリーに会いに行くさんとこの、英語に圧倒的に一人勝ちする7つの言い回してなエントリーからの引用で、本文の趣旨(?)は、「日本人が英会話をする際の使える言い回しの紹介」なんじゃないかと思うんで、私が(これから)書きたいところの、「空気を読むと言う行為」とは直接関係ないねんけども、この、その4で紹介されてた行為こそ、私が新たに発見した「空気を読む行為」そのものじゃんか、と思ったんだわ。


とりあえず、(私にとって)最も象徴的と思えたエピソードについて書いてみるね。

仕事の半ばのミーティングの時の事。本日は、何時もとちょっと違う荷物が来てて、且つ、その量が結構多かったのよ。

んで、そのちょいとばかり「特別」な荷物の処理についての説明が、そのミーティングで為されてた訳やったんやけども、私には、その説明がよく分らなかったんだわ。

んで、何時もの私やったら、大抵その場で質問するねんけども、只今の直属の上司は、質問されるのが嫌いみたいで、質問すると、質問に答える前に、他の人は分ってるみたいだけどみたいな前置きしてから説明したり、逆に質問に質問で返したり、ひどい時にはこんな事まで説明しなくちゃいけないのか、みたいな返事を貰ったり、と、質問するたびに、微妙に嫌な思いをしてたのよ。

#ある時、いい加減うんざりして来て、「どうも辞書が違うみたいですね。」と、軽く切れてから、ちょっと待遇が変わった。
勝算あったからこそ「(ケンカ)売った」訳やけども(とても曖昧な表現があったり、明らかに間違っている説明があったり、話が前と今では変わってしまっている事があったりしたのだ)、こっちの待遇が変わったぶん、もっと弱いところに(新しい人)に向けて同じように吐き出してるような部分が見えたりもして、「支配欲の強い腰抜け」ってのは始末に終えないよな、とか思う

後、「質問」を「攻撃」と受け止める場合みたいのもあるんだと知ったりしたんで、もうちょい質問は控えようかな、みたいな気分もあったんだわ。

んでだ。私にはよく分らなかった説明やったんやけども、一緒に話を聞いてた橋本さん(仮名)には、とてもよく分ったみたいで、何度も何度も深く頷いてる訳よ。んで、うちのリーダーも、橋本さんの方向いて、うんうん分っているな、と言うか、大丈夫か?との問いに対しても、橋本さん(仮名)は深く頷く。

そっかー、橋本さん(仮名)は分ってるんやー、なら、分らんかった部分は橋本さんに聞こう。今まで質問するたびに、リーダーの機嫌を損ねて――ほぼ、もれなく、質問とは直接関係のないイヤミを言われたりしていた――、その割りに、聞きたかった答えに辿りつくまでに、それはそれは時間を喰ってた私は――質問の方法が悪かったのかなぁ、とか思いながら、(私に考えられる範囲内で)色んな言い方を試すのに、くたびれていたのだ――、今回は、質問をパスしてしまう事に決めたのだった。

で、作業に入った。分っている部分まではやって、分らない部分は橋本さん(仮名)に聞こう、と思ってた私やったけども、そこまでの作業を終えるよりも早く、橋本さん(仮名)がやって来て言ったのだった。

橋本さん(仮名):ねぇ、さっきの話って、どういう事やったん?

なんですとー!!!結局、「ここまでは分った」と言える部分を橋本さんに説明して、「ここからは分らん」の部分をもう一度二人で聞きに行く事になったんだわ。

さっきの頷きは何やったんやろ?の私の疑問はそのままに、今度は、さっき聞いた時よりも、ずっと具体的な説明を至極機嫌よくしてくれる。

どういう事やねん???と、頭の中が「?」で一杯になってたんやけども、そう言えば、似たような経験あったよなぁ、と、思い出してね。

(前の会社の)入社オリエンテーションの説明の時にも、しっかりうんうん頷いてる人から、なぜか(一緒に説明受けてた)私が色々聞かれて、その時は、私に分る事だったから、ここはこうで、これはあれで、みたいな感じで説明繰り返したよなーとか思い出したら、ああっ!これが「空気を読む」って行為なんだ、と。

後になって聞きに行くのはOKなのに、「その場」で聞くのはNGだったんだ。何か、そんな「場の空気」ってのがあるんだ、と。

いやね、確かに「質問し難い空気」みたいのを感じたことは少なからずあるねんけども、それでも、「分らないままにする行為」の方が、(特に仕事では)「より良くない」という風に私は考えていたんで、質問してたんやけども、「場の空気」をこそ優先すべき、と言う「考え方」――「考え方」と、呼ぶのは正しくない気がする。考え方と呼ぶよりも、皮膚感覚(この言葉を選んだのは、む上から、私は「皮膚感覚」が鈍い、と言われているので使ってみた。残念ながら、鈍いので、それが意味するところがもうひとつ適切に掴みきれていないように思う。)共感能力でもなければ、文脈理解力でもない、身体感覚に近いところで、相手や場に流れる感情を察知する能力なんじゃないかとは思っている――が、支配的なところで為される適切な行為、ってのが、「空気を読む」って事なんだ。

水曜日, 11月 05, 2008

生産性のことpart.2

パートや派遣みたいな、非正規雇用者間の駆け引きを「社内政治」と呼ぶのは、当ってないように思える。

「社内政治」が、主に「社内での支配的な立場とそれに伴う給与の上昇」を目的とした「会社での出世」を目指す場合が多い(んじゃないかと思っているけども、経験が無いんで、実際の所は、よく分らない)のに対して、ハナから出世の機会を(ほとんど)持たない非正規雇用だと、政治力は「(自分だけが)楽して儲ける」方に向かいがちだったりするんだわ。

んでね。それって、確かに、倫理的には「正しくない」事なのかもしれないけれど、仕事をする目的てのは、第一に「お金(≒生活費)得る事」なんだから、「楽して儲けようとしていると言う事自体」を責めるのはあまり意味が無いんじゃないかな、と思っている。

大体が「楽して儲ける事を悪」としてしまうと、「楽しているように見える」人を責めてしまう可能性も孕んでいる、と言うか、実際にそんな「空気」が作られてしまう事もあって、それはあまり好ましい事とは思えない。

と言うか、実際、この頃時々みかける、ニートや浮浪者叩きってば、「楽して儲けているように見える」から、って部分があるんじゃないかと思っていて、実際の「善悪」に関しては、個別具体的に判断するしかないんじゃないかと思うけども、うちら労働者一般の「損得」を考えるなら、そういった人を「叩く」行為ってのは、自分で自分の首を絞める部分の少なくない、「損」な行為なんじゃないかと思っている。

「少ない労力で多くの成果を出す」てのがつまり「生産性の向上」なんだ(と、思っている)から、労力は「苦労」を減らす事にこそ用いるべきだろう。と言うか、「生産性」ってモノサシで計るなら、「楽して儲ける」って事は、基本的にはよい事なんじゃないかと思う。

私が、個人的に好ましくないと思うのは、例えば、3人居れば楽にこなせるような仕事を、2人でする事によって、労力ばかりがかかってしまって、成果が出せないような状態で、そこに3人居て、そのうちの1人がそれを為さない為に、残った2人で非効率な作業をしなくちゃいけなくなったような場合には、参加しなかったり、(時には)邪魔したりするような事があったなら、その1人に非があると考えるし、それは、容認しちゃいけない事だとも思っている。

けれど、そうじゃない場合は特に問題だとは考えていない。親が養ってるニートが「働かない」事とかだと、親、大変そうだなーとは思っても、腹立たしさみたいのは、特にない。

ああ、そうか。誰かの上に乗っかって、自分だけが楽して儲けるのはNGだけど、出来る事なら、みんなで楽してみんなで儲けようよ、と、思っているって事か。

火曜日, 11月 04, 2008

生産性のこと

前に、生産性が低くなっている、とは書いたけども、生産性ってのの計り方が実は良く分らないなーとも思っていて、ただ、色んな部分で、「私から見たら」無駄と思える事って少なくなくて、それをちょっとカッコつけて「生産性が低い」、と表現してみたりした訳やねんけども、そんな事に関して思っているところをつらつら書いてみる。

パートの世界は、もうとっくの昔から、同一職種同一賃金になっている。と書くと、長時間パートと正社員の人の賃金格差の問題が出て来てしまう訳やけども、元々主婦が多いタイプの職場(外食、小売)じゃ、正社員ってとても少なくて、一方で、長時間労働のパートも殆ど居ないんだわ。

もちろん、社員になりたいパートさんも居なくはないだろうけれど、大部分の主婦パートは、時間や休みの融通の方を重視してるんで、安定性や給与には魅力がなくはないけれど、かと言って、今の社員さんみたいな「超」長時間労働を望んでいる人って、少なくとも主婦にはあんまり居なかったりするんじゃないかと思う。

んで、同一職種同一賃金てのは、同じパートだと、キホンみんな同じ給与になってるんだよ、と言う訳。昨日入った新人さんも、10年のベテランさんも、同じ課で同じ仕事してたら、一緒なのよ。

一方で、教育コストもかけなけりゃ、「現実的でちゃんと「使える」マニュアル」みたいのも、実際の所は余りなく、結果「見よう見まね」で仕事を覚える事が殆どで、その部分からして、ひどく無駄が多いように思えるねんな。

教育担当もマニュアルもないまま、言われた事を「こなして」行くだけで、何とかなってしまうような部分って少なくないし、そうじゃなきゃパートに任せたりはしない、とも言えるねんけども、その時その時で人に聞いて覚えて行くって形だと、教える方も聞く方も、無駄に時間を食う上に、とてもよくある事だけど、人によって言う事が違うねんな。

ささやかな事っちゃささやかやけど、こんなんは、マニュアル用意して、情報共有したならば、もっと楽に早く覚えられるんじゃないのかなー、て事ってほんとに多い。同じ賃金支払ってるんだから、そうした方がずっと「お得」なんじゃないかと私なんかは思ってるねんけども、それが為されていないんだわ。

後、作業の方法の説明はあっても、その目的や優先順位の説明が無い、と言うか、上司が変わるとそれが変わってくる事が少なくなくて、会社の戦略だかなんだか知らないけども、こんなんが何のアナウンスもなくコロコロ変わってしまうと、「何時もの作業」をする為にも、その都度確認取っとかないとダメみたいな事になってしまって、そこら辺ももんのすごく無駄ぽいように思える。

と言うか、それって、「いつもの作業」が「いつもの作業」として機能してないような状態になってるって事で、そうなると、「逐一指示を伺う」か「無視する」かの二択みたいな状態になってしまう訳で、これって、どっちも指揮系統が機能してない状態だよなー、とも思うねんな。

「誰にでも出来る簡単な仕事」のはずなのに、「逐一指示を伺う」んじゃふつーに時間の無駄じゃないかと思うし、どーせコロコロ変わるんだから、と、いままでのやり方を通してしまうってんじゃ、「カイカク」も「カイゼン」も不可能だし、モチベーションも低空飛行。

土曜日, 11月 01, 2008

派遣とかパートとかpart2

リンク先にあったような、その場だけで通用するタイプの政治的な駆け引きってのは、もしかすると「現場」の方が多いんじゃないかとも思う時がある。

それは丁度、社会的にはNGな「いじめ」って行為が、クラスの中って言うものすごく狭い世界では(ある意味)絶対的なローカルルールになってるみたいな感じで、「会社」や「学校」と言う閉鎖的な空間ならでは、としか思えないような、馬鹿馬鹿しいローカルルールを持った職場ってのが決して少なくないと思っている。

#とても個人的な話になると言うか、自分語りをさせて頂きますと、私は、社会人と言うものになるまでは、「学校」と「家庭」と言うものは、日本国憲法の届かない「治外法権」なんだ、と言う風に理解していた。
#なので、成人して、社会人になって、勤労と納税たらいう義務を果たしたら、基本的人権とかいうのに、守られるもんだと(勝手に)思い込んでいて、だから、早く社会人になりたいと思っていた。
#が、社会人になってみたら、そこには「会社」と「世間」と言う治外法権があるのを知って、何だかちょっと失望したんだわ。
#が、一方で、みんな真面目に必死に生きてるんだよなー、てのも(多少は)見えて来たら、「貴方は間違っている」と言う事ってあんまり意味がないんじゃないのかな、とも思うようになったのよ。
#そこで初めて、そっかー、憲法てのは、国の「努力目標」だったんだー、と(その時は私なりに)理解して、その後になってやっと、憲法というものとか立憲民主主義とか言うものの仕組みを知ってみて、私の経験知から来た理解は、それ程外してなかったんだなー、と(さしたる意味はないけれど)、ちょっと安心したのだった。
#ここに至ってようやっと、立憲民主主義下の憲法てのは、間違っている「誰か」を懲らしめる為にある法律てんじゃなくて(どうもそれは刑法の範囲のようだ)、うちら国民の「安全弁」としてあるものだったんだ、と分ったと言う訳。
#一方で、こんな事は、学校でちゃんと教えろよな、ともすごく思ったけどね。こう言うのって、本来は、経験から学ぶような類の事じゃないんじゃないの。
#学校では「名前」は教えてもらえたけれど、「目的」や「機能」については、あまり教われなかったように思えるんだわ。今はもうちょっとマシになってるのかな?

派遣とかパートとか

今月は、割と休みが多くなるみたいなんで、一度ちゃんと考えてみようと思っていた事に取り組んでみようかと思う。

今まででもよくあったけど、途中までになってしまったり、自分なりの結論にすらならないかも知れないけれど、書いておかないと、何を考えたかすら分らなくなったり、書いているうちに見えて来る事もあるかもしれないし、書いてる途中で、思いついた事を元に調べてみたら分る事もあるのかもしれないので、やっぱり書かなきゃな、とも思えるんで、とりあえず。


きっかけになったのは、このシリーズ記事。

只今の職場、スーパーは、小売の現場ではあるけれど、物流業界でもありまして、又、私個人が物流業界には縁が深いばかりじゃなく、好きな業種でもあって、それだけに、色んな種類の不満も持っていて、あるよなー、分るなーと思う点もあれば、それはちょっと違うんじゃないの、と思うところもあれば、一面的に過ぎるんじゃないの、とか、まぁ、色々と結構具体的な形で思うところが沢山ある、とても興味深い記事だったのよ。

が、すぐに反応出来なかったのは、論点と思えるもんが自分の中でも拡散してしまうし、日雇い派遣とパートじゃ明らかに待遇も違うし、たぶん、求めているものも違うし、何より、私は日雇い派遣の現場の経験がなく――倉庫関係の仕事はそれなりにやってたけども、扱う商品がはっきりと決まっている倉庫だったので、かなりここで描かれてる、「なんでもあり」とは状況が違っているんじゃないかと思えたし、それだって、かなり昔の事なので、今はどうなっているのかは分らないのだ――現状をよく知らないから、迂闊な比較も出来ないしなーとか思ったら、「反応」て形にするのは、正しくないように思えて、だけども、共通すると思える問題点みたいのも、思い当たって、ふうむ。と、考え込んでしまって、考え込んだ状態から、考え込んだ事を文章化するにも至れず――なまじっか、実体験が伴っているので、ちょっとした感想のような書き方をするのが、難しかった――、そうこうするうちに、元々の文章の内容もぼんやりとした輪郭だけになっていってしまった。


何から書いていいのかよく分らないまま、とりあえず、私が一番困ったもんだと思っている事を最初に書く。

この手の、単純肉体労働は、給与の高さと仕事のキツさがあまり比例しない為に、「上手にサボれる人が得をする」って部分があるって事と、そうならないような仕組みを組織が上手に作っていない(ように私には思える)どころか、単なる「叱責」によってなんとかしようとしている部分があり、それが、そのまま生産性の低さに繋がっているんじゃないのかなぁ、て事。

もっともね、派遣と言えばこの頃の問題ぽいけども、パートやアルバイトの世界では、同一職種で同一賃金て状態には、これは、20年ほど昔、私が勤めてたバイと先の倉庫でも既にそうなっていて、退職後のお小遣い稼ぎだか、年金の足しだったのかにやって来ていた、そのぐらいの年齢のやや年配の女性が、「ここは、全員同じ賃金なのが<いいところ>だ」と言っていて――詳しくは聞いてないけども、年金を全額もらう為には、あまり沢山の給与は好まれないと言うか、多かれ少なかれ、当時でも、本人の事情によっては、正規職員になると困るような人が、結構入っていた――、なるほどねー、そんな考え方もあるんだなぁ、とは思いつつ、一方で、年配者が多い職場だと(当時は)若いもんは、幾分肉体的に負担の多い仕事をする事が多かったりもして、細かい事を言ったなら、これを「平等」と呼ぶのは何か違うんじゃないの?てな気分もあった。

ただ、同じ職場でずっと一緒に働いていたんで、楽してる人はそれなりに気を使っている部分もあって――職場にお菓子を持ってきて分けてくれたり、時々おごってくれたり、みたいな事――、少なくとも、あの現場では、それなりのバランスが取れてたように思う。

一方で、派遣みたいな、一見さんや、すぐに居なくなる人が多いような現場だったりすると、新しい人に「めんどいこと」や「しんどいこと」を廻してしまうような、アンバランスが生まれやすくなるんじゃないのかな、とも思う。

実際にそういったタイプの派遣の現場を体験した事がないから、何とも言えないけれど、何時くるのかも何時辞めるのかも判らない人に「教育コスト」はあまりかけたくないと言うのは、心情的にはある程度理解できる。

が、一方で、そんなコストはかけないくせに、ミスがあったら、ミスをした当人を叱責する事で「みせしめ」まがいの指導をしつつ、具体的な対処法を用意していない職場って、私の狭い体験だと決して少なくなくて、ひどい場合は、損失は「本人持ち」って場合まであった。

月曜日, 10月 27, 2008

教える君

質問に答えるのは、何より自分の為になると思う。

私の場合なら、(未熟ながらも)攻略サイトとかやってる訳で、望ましい状態てのは、たぶん「読めば分る」ようになる、て事やと思ってる訳やけども、実際問題、自分一人で全てをカバーするって、不可能だと思ってるのよ。

だからこそ、関連サイトへのリンクも貼ってる訳やけども、それより何より、他所様のサイト読んでると、勉強になるなーと思う事ってすごく沢山あって、おお、凄い凄い、と、無責任に感心するような事って少なくない。

そんなん読んでると、ああ、説明が足りなかったなー、とか、ここは不十分だったなー、とか、全然ダメじゃん、とか、自分の(1)「説明力」や「説得力」の足りなさを、見せられちゃったりもするんだわ。

それとは別に、知ってる事を投げたなら、知らなかった事が沢山返ってくる、てのは、ウェブの大いなる魅力で、これを知ったのは、まさに、自分がサイトを持ったからこそ得られた情報で、投げっぱなしは(自分的には)好ましくないんじゃないかと思っているけども、「返ってくる」「事もある」のは、とても素晴らしい事だと思っている。

後、想定外の質問てのは、新たな「視点」を得るチャンスでもあって、ああ、そうなのかー、と、(たぶん)ウェブを得てなかったら思いもしなかったような「視点」に出会えたのも、(私にとっては)大きな収穫だったと思っいる。

そりゃね、もしかしたら、「質問者」の為にはなってない場合もあるのかもしれないけども、知ってる事を開示するてのは、開示したもんにとっては、とても得る事が多いと思っているんだわ。

#アカンなぁと思うけど、本来ならば、得られた情報をちゃんとした形にして、再発信した方がええと思える事って、それなりにある
#なんかさ、例えば、コメントなんかで、私だけが得てしまっているって形になってる事があって、ひどく情報をくれた人にも、まだ得ていない人にも、申し訳ないような気分になる事があったりするのよ
#もっと具体的に言うと、アイギーナの方言情報なんかは、やっぱりちゃんとした形でコンテンツに加えた方がいいと思いながら、やれてないのがとても申し訳ない。ログを探すのがちょいと大変な状態なのよ。ごめんなさい

後、「教える」てのは、「説明の練習」の場でもあると思う。

好むと好まざるとに関わらず、説明しなきゃいけない場面に出会ってしまう事って、決して少なくない。

#接客業をしていると、そんな場面に出会う事は、結構多い
#後、「説得力」は、ないよりはあった方が(たぶん)より良いと思っている
#そして何より、子供を持ってしまうと、説明しなきゃならない(と思える)場面は激増するのだった

私は、利己的なので「相手の為になるメリット」と「自分の為になるメリット」を比べたならば、後者を取るのですよ。

ググレカスには笑ったけども、相手の為にならないから、程度の理由で、説明を放棄するのは、とても惜しいと思う。

たださ、一番怖いなーと思うのは、「間違った説明」をしちゃう事。だけどね、だからこそ、開示する方がいいんじゃないかとも思うのよ。明らかに「相手」の為にはなってないけども、間違っていないか?を確かめたりもするし、注意深くもなる。だから、(たぶん)勝手に自分で思い込むよりもマシなんじゃないかと思うし、何より、開示したなら、間違いを正してもらえる可能性も、ずっと多くなるじゃない。

きっとね、「聞く」よりも「教える」方が、最終的に自分が得るものって、ずっと多いと思うよ。


#私は、勝手に、説明をしようとしない人は、言語化する能力が足りていないか、自分なりの理解には至っていないかのどっちかだと思っている
(1)「説明力」や「説得力」
だけじゃなしに、「熱意」や「こだわり」と言った「熱さ」にも感動したりする。
後、表現力の足りなさや、詳細や精度の未熟さもあるよな