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土曜日, 12月 06, 2008

ようこそ、スパム

あかん。面白すぎるから、削除できない。

昨日の「無題」のエントリーにコメントがあって、あらめずらしい、と思って、見たらばこんな内容。

コンパ痴漢若妻チェリーボーイ放尿援交スカトロトイレ直アド童貞 処女超熟女下着潮吹き筆下ろし熟女セックス童貞率小学生デブおしっこデリヘル

げっ。出会い系のスパムかよ。と、削除しようと思ったけども、リンクになってるもんだから、「コンパ痴漢若妻チェリーボーイ放尿援交スカトロトイレ直アド童貞 処女超熟女下着潮吹き筆下ろし熟女セックス童貞率小学生デブおしっこデリヘル」ってどんなサイトなんかは、確認してみたいよなー、とか思って、つか「スカトロトイレ直アド童貞」とか「童貞率小学生デブおしっこデリヘル」とか、なんかおかしくね?いや、私にはおかしかった訳よ。

んで、こんなん書いたら、いっそうスパムが来てしまうかもしらんなーとか思いつつも、削除してしまう前に、とりあえず見てみよう、とか思ったんだわ。

んで、飛んだ先サイトが、まぁ、予想通り出会い系ぽくはあった訳やけども、なんか変やねん。

たぶん、titleに書き込まれてるのが、「デブ限定の出会い系サイト」やねんけども、ページの本文の方にはそんな事書いてなくて、それよりおかしいのが、本文の、女の子の写真の横に書かれた文章。

とても変な日本語やねん。

あー、これってたぶんあれだよな。翻訳ソフトとかそれ系のやつだよな。

#いやね、単純にそういう風に予想してるだけやねんけども、引っ越した後で、溜まりに溜まった公開メアドにやって来たスパムを削除していますに、いやもう、(たぶん)99%以上が出会い系だかのエロ関連スパムやった訳やけども、時々とても変な日本語のメールが紛れ込んでて、翻訳ソフトだかを利用してるんじゃないのかなぁ、と、思っていた訳よ。

残すことで、他のも呼び寄せるのかどうかは分からんけども、置いておくのもどうかと思えるんで、削除しようかと思うけど、記念に、その奇妙な本文引用しておくね。

女子高生多数

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出会い系って儲かるのかなぁ?儲かるんだろうねぇ。こんなにあるって事は。

金曜日, 12月 05, 2008

無題

こう言う風にして、きれいごとの歴史が作られて行くのかもしれないよなぁ、とか思ってしまった。

このエントリー読みながら思い出していたのは、VIPPERとニコ厨(東方厨?)のランキングバトル。

流石に、リアルタイムで流れを見てた訳じゃなく――明け方onlyの攻防だもの、関係者以外で、リアルタイムで追ってられる人って、筋金入りのおちゃぐらいじゃないの(そんなものがあるとして)。――、話を聞いただけだし、そんな事があったんかー、おもろーちょっと調べたろ、とか思って、その時読んだまとめwikiじゃ、もひとつ(と言うか殆ど)全容は見えなかった訳やけども、元気な若者はしょうもない事に血道を上げる、って部分に関しては、今も昔もあんまり変わりはないのかもしれないなー、と、関係者各位のあり様をぼんやり想像してみたりしてた。

#私は、ニコ厨でも東方厨でもVIPPERでもない、ただのおちゃな上に、ネット動画のヘヴィーユーザーでもないけども――DL厨と言う言葉があるのなら、それには近しいかもしれない――、かつてはニコ厨だったむ下とか――今は、ネットでは入手が困難だ、みたいな理由もあって、「小説」にはまっているみたい――、現役で、今も元気にアニメやドラマや映画と言った著作権的にどうかと思えるようなタイプの動画を見る為「だけ」にネットしてるダンナとか見てると――うちんちは、む上と私があんまり「物語」が好きなタイプじゃなくて、一方のダンナとむ下は「物語」が好きなタイプみたいに思える――、同じようにネットのヘヴィユーザーでも、発信してる人とそうじゃない人との「隔たり」って結構「巨大」だなぁと思う事しきり。

これだけじゃ何なのか分らないんで、まさ、結局私も全容は掴めなかった訳やけども、どんな事が起きたか、ぐらいは知れたんで、とりあえず、VIPPERとニコ厨(東方厨)のランキングバトルについて、てきとーに書いとくね。

ニコニコ動画のランキングの集計が、明け方で、この時間帯に集中的に投票だかアクセスだかコメントだかをすると、お気に入りの動画のランキングが「一時的」に飛躍的に上がるんだと。で、工作があったのなかったの、でVIPPERと東方厨が揉めて、元々、東方動画たら、著作権的にはグレー~黒の間にあるものなんで、ニコ厨(東方厨?)が嫌いなVIPPERが、強硬手段、通報に出て、件の動画は削除。が、削除されたのを見たニコ厨(東方厨?)側は、各自、既にDL済みだった、件の動画を独自にうp。結果的に、元々うpされてた動画は削除されたにも関わらず、同じ動画が、同時に6個(だったと思う)うpされて、元より増えてしまった、と言う、権利者はまるっきり関係ないところで、むっちゃ面白いバトルが起きてしまった、と言うお話。

なんと言うか、「ほめる文化を生み出す」って牧歌的と言うか、褒めてるやつのHDDには、DL済みの削除された動画が収まってるんだろうなー、てのが、私の感想。

火曜日, 12月 02, 2008

ネット圏の捉え方

ってエントリーを読んで、なんだか既視感があったんで、「もうヴァーチャルじゃないんだな」で、ぐぐってみたら、おおっ、ちゃんと残ってた。

実際には、「ないんだな」じゃなくて、「ねーんだな」やったみたいやったけども、それでも検索結果はちゃんと私が求めてたエントリーがヒットして、やるじゃん、googleと、一瞬思ったけども、よくよく見たら、「もうヴァーチャルじゃ」で一致したのがこれだけだったんだ、と、分ったけども、「文章」で検索したらば、(それなりに)精度が上がりやすくなるんだ、てのは、ちゃんと覚えておこう。

おっと、すぐに話が他所へ飛んでしまうのは、私のとても悪い癖だな。

で、今回改めて調べてみて、これが「なんとなくかくにっき」事件から出たエントリーだったんだ、と、調べてやっと知って、改めて、「なんとなくかくにっき」事件の事も思い出していた。

が、実は、最初にリンク貼ったエントリーで示されてる「geek」てのが上手くイメージ出来なくて、もひとつ掴みきれていない上に、並べて示されてる「女の子」てのもやっぱり同じように掴み難くて、だから、本エントリーの趣旨が既に「よーわからんなー」て感じの状態やねんけども、それでも、「もうヴァーチャルじゃねーんだな」エントリーを思い出したのは、以下の短い文章からやねん。

これまでgeekの遊び場だったネットの世界も、「geekの常識」が通じない世界(の方が主流に)に変わってゆくのかもしれないね。

ここが、(私にとっては)すごく面白い部分やねん。

この二つのエントリー、の「もうヴァーチャルじゃねーんだな」は2003年のもので、それが書かれるきっかけになった「なんとなくかくにっき」事件、とか言うのが、あの時起きたんだわ。(参照:なんとなくかくにっき~ブログサイト

残念ながら、私個人は、この事件そのものには、あんまり興味が持てなくて、参照リンク先でも書いてるように、その後で起きた「ブログ(ツール)論」(山田BBSだったんじゃないかと思う)の方に向かってしまったんで、この日記読んでも、当時の「論争」がどんなもんだったのかは、分らなくて、今になって考えると、簡単なものでもいいから、「事件そのもの」への感想を書いておけばよかったな、とか思った。

そんな訳で、改めて、ぼんやりした記憶を辿る程度の精度やねんけども、事の経緯を思い出して書いてみようと思う。

この「なんとなくかくにっき」は、当時としては、「目新しかった」(だから、そのツールを利用できるスキルがある人だけが使えたような)ブログツールを利用して、個人的日記――どちらかと言うと、世の中に何かを訴えかけるようなものではなく、備忘録のような利用法をしていた(が、技術的な内容が多く、情報共有も視野に入れていたので、公開していたのだと思う)――を書いていたのが、この「コメント欄」に元エントリーとは全然関係の無い「つぶやき」が書き込まれた、て事からこの事件と論争が始まったのね。(つづく)


(つづき)とと、最初はみつけられなかった元記事が、otsuneさんのモヒカン族とムラ社会の文化衝突の例として「なんとなくかくにっき」騒動て、エントリーから行けるのが分った。

#が、日付が2005年になってて、これは、なんかのエラーなのかな?それとも、他の事があって、過去の事例を示したんやろか?
#てか、このリンク先はアーカイブの方なんだ。よく残してくれました。

日曜日, 10月 26, 2008

スナップショットから

とてもとても時間が足りないように思えて、むっしょーにイライラする。

私は生きてる間にどのぐらいの数のゲームを、ある程度は得心できるぐらいまでプレイ出来るんだろ?

全然関係ないけども、書いてるテーマに関係あるなしに関わらず、一日一個のスナップショット(と、それに伴う感想なり解説なりを加えて)を公開しようかなー、とかぼんやり考えている。

もっと言うと、動画の方が(自分的には)より好ましいなーとも思っているけども、動画を作るのはそれなりにめんどくて、何だか時間が惜しいようにも思えてしまうのだった。

歳を取るてのは、強欲になる、て事なのかもしれないな。

食べた事ないものを「切望」する事は出来ないけども、食べた事あるものを「もう一度」と「切望」する事はある。経験値が必ずしも、良い方向に向かうとは限らないよなぁ。

みたいな事とは直接関係無いけども、「(形にして)残したい」てな「欲望」が、私は結構強いようだと思ったら、ひょっこり思い出した。


おにいの余命が限られてるのを知った時に、一度神戸からこっちに、「生きてる」おにいに会いに戻った。

不器用なおにいは、そんな状態――うちらは、余命3ヶ月と聞いていた。おにいがその事を知っているのかどうかは、聞かなかった――だったにも関わらず、道の話――どうやって戻った方が楽か、とか、新しいルートが出来た、とか、そんなの――ばっかりしてて、とは言えうちらも何か特別なネタがあった訳じゃなく(考えてみると、うちらも下手と言うか、不器用だったと言うか、おにいと似たようなもんやな)、いっしょになって道の話をしてた。

が、そんな事をだらだらしゃべってる折に、どんな流れから、おにいは、何だかここんところは、TV番組の録画に力を入れてるみたいな事言ってて、なんでTV?とは思ったけども、一方で、「残したいもの」を意識してるんだなー、みたいな事はなんとなく察する事も出来て、「残すもの」みたいのを意識したら、とりあえず、て感じで、ケータイカメラが思いついて、そこに居たみんなの写真を撮ったりしたんだわ。

業ってもんなのかもしれないよなぁ、とは思うけど、ただの人のうちらだって、やっぱり何かを残したいって思ったりするんだよな。

#こういった「残したい感情」を「業」と呼ぶのが適切なのかどうかは微妙な気もするけども、例えば猫ならば、「死後に残したい」みたいな「欲望」は、きっと持たないだろうな、とか考えると、少なくとも、私には、その欲望は、ひどく「業が深い」もののように思えるのだ
#死んで、もう自分には何も出来ない状態になるにも関わらず、生きてるもんに影響を及ぼそうと考える、て、すごくね?

自叙伝を残そうって人も少なくないけども、それでもやっぱり、そんな文章をしたためるのは、たぶん少数派で、TVを録画したり、写真を撮ったり、みたいな事をする方が、多いんじゃないかと思う。うちらの大部分は、文章を書くような生活習慣を持っていないもんね。


スナップは、4-Dウォーリアーズ。以下の解説は、ThunderMAME32jpより。

4-Dウォーリアーズ 

発売年:1985 
開発元:コアランド 発売元:セガ 
システムボード:セガ システム1 
CPU構成[Z80 (2)] 
音源チップ[SN76496 (2)] 
表示領域[256x224]  表示色数[1536] 
スキャンレート[60.000000Hz] 
コントローラ:8方向レバー+2ボタン 
ジャンル:アクションシューティング 
サポートバージョン:v0.34 
連射可能なビームと、制限のあるレッグスウエポンを使って、 4次元世界を守ることを目的とした、横スクロールタイプのアクションシューティングゲーム。 画面上部より裏世界へ移動できるという設定が、このゲームの特徴である。 操作方法は8方向レバーで移動、ビームボタンとレッグスウエポンに2つのボタンを使用する。 3つのエリアのボスを倒すと、最終ボスの魔魂生物「ゴーサム」が登場する。 余談だが、主人公の姿勢がちょっと気になる。

私の感想は、流石に今となってしまうと、「つまんないゲーム」て感じがしたけど、「画面上部より裏世界」てのに気が付く前にやめちゃったんで、それぐらいは試してみても良かったかな、と、解説読んで思った。

ワープゾーンのあるSTGたら、うちにあったファミコンゲームだと、スーパースターフォースにそんなんあったように思うけども、あれは、お店に入ったようにも思えるんで、ワープと呼ぶのは適切じゃないのかな?何か違うゲームの事と混同してるんやろか?後は、グラ3のボーナスステージで、どっちも「自機」を繰ってのSTGで、改めて、人型のアクションシューティングって遊んでないよなー、と思った。

そう書いてから、キングスナイトがあったじゃんか、と思ったけども、あれって、「一応」アクションRPGて事になってたんだよなw

水曜日, 10月 22, 2008

明け方の夢

あれは、誰だったんだろ?

私は、(漠然と)きよえちゃんだったんじゃないかと思ってるけども、どうにも思い出せないんで、とても残念だと思ってる。

今朝、と言っても、只今の仕事が深夜勤なのと、ダンナが割と朝の早い時間に出勤なので、私は、只今仕事を終えて帰ってから、朝まで起きてて、おとーさんのお弁当を作って送り出して、それから洗濯して、その後で寝る、てパターンの生活になってて、だから主に「昼間」に寝て、夕方に起きてるんで、「今日のお昼」が、時間としては正しいんやけども、起きた時間がなんとなく「朝」って気分もあって、真昼間でありながら、気分としては、「明け方の夢」って感じがあって、だから、主観的には、やっぱり今朝の夢。

細かいとこは思い出せない。なんだかほわ~~っと、くすばいみたいな楽しい気分がとてもあって、だから、あれはきよえちゃんだったと思いたい。

まぁ、私は、まだ子供で(たぶん小学校の低学年とかそのぐらい)、その誰か(きよえちゃんだったらいいなと思っている)と、なんか歌を歌って遊んでいる。

何を歌ったのかは思い出せないけども、なんとなく交代で歌って、だけども順番に歌うんじゃなくて、お互いに、思いついたやつを思いついたところで歌って、で、その曲がシンクロしたら、手を繋ぐ、て感じの遊び。

手を繋ぐ、って言っても、横に並んで片手を繋ぐんじゃなくて、向かい合って、両手を繋ぐの。

歌って、あ、いっしょ、と思ったら、軽く合わせてる手にちょっと力を入れて握る事になってて、この「握る」タイミングも、二人が気が付くのが同時だと、やっぱりシンクロして、そこで又、あ、いっしょ、と思って相手(きよえちゃんだと思いたい)を見たら、相手もやっぱりこっちを見てて、ここで又、視線を送るタイミングが、シンクロしたのを確認できて、目と目が合った瞬間に、思わず笑っちゃうのも、やっぱりシンクロしたりして、照れくさくて、嬉しくて、そしたら相手(きよえちゃんだと思いたい)もやっぱり照れくさそうに笑ったりしてて、うふふうふふと思いながら、次の歌を歌うの。

シンクロするのが嬉しくてしょうがないから、相手(きよえちゃんだと思いたい)が歌いそうな曲を考えて、そうしてシンクロしたらば、きっと相手(きよえちゃんだと思いたい)も、私が歌いそうな曲を考えて歌ったんだ、ていうのが勝手にちゃんと分って、もう、ほっぺたがぐにゃぐにゃになるぐらい、うふふがこぼれ落ちて、それに、握った手が、ちゃんと握り返されて、だけども、ぎゅっと握るんじゃないの。

あ、いっしょ、と思った時に、ちょっと指先に力を入れて、そしたら相手(きよえちゃんだと思いたい)もおんなじように、ちょっと指先に力を入れて、、戻って来た感触から、あ、いっしょ、と思って、今度はもっとちゃんと握って、そしたら、相手(きよえちゃんだと思いたい)も、もっとちゃんと握って来て、そんなのをずっと繰り返す。

金曜日, 10月 17, 2008

木材搬出「やえん」の事

なんか、ものすごくびっくりした。

「やえん」でぐぐったら「もしかしてやえん(野猿)と出たのだ。

素直にそのまま辿って行っても、私が求めるところの「やえん」はない。

「やえん」ってもうとっくに死語になってたん?と驚きつつ、百度とYahoo!でも念の為調べてみたけど、どっちもアウト。

ううう、もしかして、方言やったんやろか?と思って、国語辞書で調べてみたら、私が求める「やえん」は出てなかった。

そんなのまでキャプチャするのはさすがにめんどいんで、コピペしとくね。

と、思って改めてgoo辞書出したらコピペするほど長い文章じゃない上に、調べたいものよりも、広告の方がずっとずっと多くて、何だか微妙にムカついたんで、これもキャプチャして画像で貼り付ける事にした。

と言う事で、私が言いたかった「やえん」はもしかしたら「死語」になったんじゃなくて、元々方言だったのかもしれないなーと思ったけども、ざっくり眺めてみたら、ひとつだけ、(たぶん)私が思っているところと同じ意味で「やえん」を使ってるのを発見したんで、リンクしてみるね。

↑これは、森林からのニッポン再生さんとこにあるエントリーのキャッシュで、コメント欄に書かれてる「やえん」が、たぶん私の言いたい「やえん」と一緒。


というあたりで、どうも「やえん」てあんまりメジャーな言葉じゃ無いと言うか、知られてない言葉なのかもしれないなー、と思って、私が知ってる解説してみようかと思うけども、私も「見た事がある」だけで、具体的な使い方までは知らんのやけども、山で切り出した木材を搬出する為に使う機器(道具?)で、急斜面だったり道がなかったりする場所から、下まで――今でもそうなのかは知らないし、私が子供の頃に見た「やえん」が木材を「「道」まで下ろす為に使ったのか、「川」まで下ろす為に使ったのかは、分らない。もっと昔。父が子供の頃は、「やえん」は木材を「川」に下ろす為に使って、「筏」状態にして河口周辺に広がる製剤所まで運んだと聞いたように思うけれど、真偽の方は確かめてない。――下ろすために使う、簡単な作りのロープウェーみたいなやつで、私が子供の頃には、夏に(とも限らないけど)ばあちゃんちの近くの川で遊んでいる時なんかに、時々ぶら下がってるのを見かけて、父からあれは「やえん」と言うのだと教えてもらったのね。

父の実家(ばあちゃんち)は十津川とか北山とは違って、熊野川の支流になる場所やけども、筏にして流した、の部分は(いつ頃までやってたのかは不明やけども)間違ってはいないみたい。

と、あったあった。「やえん」で検索したらなかったけども、「木材搬出」で出て来たよ。

pdfはうっとおしいんで、html化とか言う方にリンクするね。

あーあ、何か力つきてきたから、とりあえずここまで。

#画像が思ったような形でつけられるのかどうか、ちょっと不安。

さて、勝手に力尽きて、勝手に持ち直したw

話が突然「やえん」で失礼しました。ダンナがさ、ここんところは、新しい作業、「雑木伐採」に入ってて、これがどうも中々むずいらしくて、大変だー大変だーと言ってて、そうなんかー、大変なんかー、無茶せんよーにねー、とか話してる今日この頃やねんな。

んで、現場を聞くとかなりの山奥。上のリンクにもあるけども、北山の方みたい。つか、見せてもらった現場周辺の地図が、地形図閲覧システムの地図にとてもよく似てたんで、およよ、と思って改めて調べたらば、地形図閲覧システムは前はβ版だったのが、そうじゃなくなって、それよりも、名前もリンク先も変更になってて、まさ、とりあえずリンク貼っておくね。

国内だけやけども、(私的には)この地図の魅力は「等高線」と、「地図記号」がついてるとこで、googleマップよりも好き。プリントアウトは出来ないらしいけども、プリンタ持ってないから、あんまり関係ないw

まさ、元々が紙の地図なんで、ダンナが持ってた現場の地図を私がウェブ上で確認したみたいな作業になるんやろなーとか思うけども、ほおほお言いながら場所確認して、初めて熊野市(地元では「きのもと」と呼んでいる)と北山ってば、奥のほうでくっついてたのを知って、とてもびっくりしながら、おとーさんが今行ってるらしい現場が、かなりの急斜面ぽいのを、地図を見て再認識して――急斜面とは聞いてたけども、等高線の「詰まり具合」と、後、川辺は、地図記号で言う所の「崖」になってたりするのを見て、おお!と、感心したのだった――、それから、こんなとこからの搬出ってば、今はどうやってるんやろか?と思って、「やえん」でちょっと蹴躓いて、とりあえず、「やえん」について書いておこうと思ったんで――深い意味はない。やえんについて書いたものがなさ過ぎたのが気に入らなかった――、後先あんまり考えずにエントリー上げたんだわ。

が、まだ続くのは、その流れで調べた木材搬出の方法とか、それ用の器機とかが面白くて、まとめるのはむずいけども、ざっくりした流れを追ってみたいなーとか思ったり、後、リンク貼っておきたいな、と。

火曜日, 10月 14, 2008

ガセネタ

子供から聞いて(子供は子供のツレから聞いて来た)、エスターク10ターンで倒したよ。

レベル上げて、種つぎ込んで、(私に)考えられる最強と思える方法で、祈るような気持ちで、やった!10ターン!と思ったけども、仲間にならなかったよ。

仲間になる系は罪作りだよねー、聞いた事あるの多かったばっかりじゃなしに、ここに乗ってないのでも、似たようなのって色々あったよね。

なんかさ、実際にあったりそうじゃなかったり、て部分が面白いてのもあるし――「なんとかしたい」て気持ちが「もしかしたらあるんじゃないか」を生むみたいのってあるし――、製作者の人が、その辺を汲んで次回作に繋げたりみたいのがあるてのも、シリーズ物の魅力の一つになってるとも思うしな。

バイオ2の隠しキャラだったハンクは、4のマセーナリーズで出てて、うおーと思ったし、技もすごくカッコよかった。マセーナリーズでトーフは流石に避けたいけどさ(ナイフだけだし)w

たださー、聞いた技は(可能な限りは)たいてい試してた私やけども、騙された~ぷんぷん。みたいのはあんまりないなぁ。

ガセかガセじゃないかは、プレイしたら分る訳やし、つーかむしろ「実際に確かめたい」て気持ちの方がずっとずっと大きくて、ガセに踊るのもゲームの楽しみの一つじゃないかと思うよ。

空振りしたらしたで、とても心に残るしねw

月曜日, 10月 13, 2008

仔犬物語

仔犬が、親や飼い主とはぐれて迷子になってしまう。

何も知らない仔犬は、川に落ちたり、他の犬や人間に追いかけられたり、時には親切な野良犬や人間に出会ったりしながら、旅を続け、仔犬ながらも、次第に逞しく賢くなってゆく。

そして、とうとう、懐かしい我が家が見えたのだ。

遠くで飼い主が手を振るのが見える。一声吼えて、そこに向かって緑の大地を駆け出す仔犬。

てところで、ストップモーション。楽曲が流れてエンドロール。

無事に戻れてよかったなぁ、逞しくなったもんだなぁ、と、映画館の座席に座った私は、胸を撫で下ろした。

と言う夢を見た事があって、夢の中で映画やTVを見ている、と言うんじゃなくて、夢の中身が当初は全て「仔犬物語」だけで、ただ仔犬の行動を見続けてるの。

夢を見ている夢を見る、ってのはそれまでも時々あったけども――つーか、金縛りに合う時なんかは、起きても起きても夢の中、て感じですごく消耗する――、「私は映画を見ていた」と夢の中で気がついたのが、ストップモーションがかかった時で、それから、夢の中で、今まで見てたのって映画やったんやなー、と思い直して、それから、夢の中で、そろそろ(映画館を)出ようかな、みたいな事を考えたあたりで、何だか覚醒して来て、おおっ!?と思ったところで目が覚めた。

まさ、上に書いた「仔犬物語」のストーリーの詳細は結構後付やねんけども、川に落ちて犬掻きするシーンとか、緑の芝生みたいなとこで駆け出すシーンとかは、思い出せたりするねんな。後、映画館だと気がついた時には、「仔犬物語」ってタイトルも既に「知って」たりするのも夢の不思議。

にしても、「ストップモーション」が出る瞬間まで、ずっと犬が主人公の夢を見てて、あそこで、一旦犬のお話から覚醒して、その後、映画館に居る私から覚醒する、てな、入れ子になったややこしい夢。かし、何で犬だったんだろ?

木曜日, 10月 02, 2008

「プレコックス感」の事

むーん。残念。「プレコックス感」と言うのにかなり興味を持っていたのだ。

私がこの言葉を知ったのも、このエントリーのリンク先にある、サイコドクターぶらり旅(当時は、「暴れ旅」だった)の総合失調症に関する記述のところやねんけども、へぇ~そんなのがあるんだ、以上の強い興味を持ったのは、書いた人であるところの、風野先生には感じられなかった(らしい)けれども、分る人には分るらしい「プレコックス感」てどんなものなのかをとても知りたいと思ったからだったんだわ。

が、その時調べた限りでは、結局どんなものなのかは分らず、又、風野先生はどちらかと言うと好ましくない方向から、この「プレコックス感」について書かれていたし、これを診断の基準にみたいなのにするのは、マズいんじゃないかなー、と、私も感じたりしたし、それ以上に、私は(さし当っては)総合失調症を煩っている訳でもないので、機会があれば考えてみてもいいかな、みたいな感じで記憶の片隅に追いやっていたんだわ。

まぁ、この際だから書いてしまうと、多くの人が私と似たような経験をしているのかどうかも不明なんで、気にする事自体があまり意味がないのかもしれないけれど、私は、たま~に、「何とも言いようのない独特の雰囲気を持っている」と言われることがあって、それは、必ずしも褒めているってニュアンスじゃなくて、面と向かって「変な雰囲気」と言われた訳ではないけれど、少なくとも「よいもの」とは言えない、何とも言い難い独特なものを感じさせる事があるみたいなんだわ。

以下、具体例と言うか、私が「プレコックス感」についつい反応してしまうようになった、幾つかの体験について書いてみる。


小学中学年の頃、ハンドルでも時々使っている「naoke」と、呼ばれるようになった訳やけども、それまでは「なおちゃん」と呼ばれる事が多かった。

が、同じクラスにもう一人「なおちゃん」が居て、イントネーションが違っていたんやけども、「どっちのなおちゃん?」みたいな混乱が起きたのね。

その時、誰かが面白がって私を「なおけ」にしてから、すっかり定着した訳やねん。

でもさ、「け」って突拍子もなくね?ところが、何故か本名の名前よりも、むちゃくちゃ定着率がよくて未だに古い友人からはそう呼ばれてる訳やけども、ある時、あーこの子「なおけ」って呼んでるんやで~、みたいな感じで、新たに遊ぶようになった「りっちゃん」に私を「なおけ」と呼んでる友人が紹介したらば、「りっちゃん」が、つくづく感心したみたいに、まじまじと私を見てさ、こう言った訳よ。

り「うん。なんかすごいぴったり。そうとしか言いようのない雰囲気あるよー」

いやいや、「け」が、そうとしか言いようがない雰囲気ってどんなんやねん?とは思ったけども、何だかいわく言い難い雰囲気みたいのが、どうも(当時の)私にはあったらしいねんな。ええとかわるいとかは抜きにして。

で、中学に入った。

中学で新しく出来た友人に、「マコ」てのが居て、私の第一印象は、うわーごっつ可愛いー、こんな顔した子もおんねんなー、ガタイはでかいのに(太っているんじゃなくて、大柄だった)、むっちゃ可愛いやん。それに何かセンスがいい(ような気がする)。

んで、私は、そのマコと英語塾が一緒で、考えてみたらクラスが一緒になった事はなかったけども、ぼんやりとしたうちらのグループみたいのが一緒で、しゃべったり遊んだりはしてたんやけども、テストが終わった後ぐらいやったやろか、タマタマ「マコ」と二人になってしゃべっていた時に、ひょっこり言われたのよ。

ま「なおけって、馬鹿やなかったんやねー。最初見た時、「アホの子」なんやと思てたわ。

いやさ、確かに賢く振舞ってたとは思えんのやけども、この「アホの子」てのは、ぶっちゃけ「池沼」みたいなソッチ系のニュアンスのある言葉で、「勉強が出来ない子」てのとは、少しニュアンスが違う言葉やねん。

今になって(遅すぎるように思う)考えてみるに、どの辺にそれを感じたのか聞いてみた方が良かったのんやろか?とも思えるねんけども、当時の私は今以上に鈍かったんで、そーなんかー、私ってそーゆー風に見えてたんかー、で、終わりにしてしまってて――げげっ、ほんと、書いてみて初めて思ったけども、こんな風な部分が、もしかしたらソッチを感じさせたんかもしれん――、具体的にどんな部分でそれを感じさせたのか、今となっちゃ知りようがないねんけども、ほぼ第一印象として、そんなもんを感じさせる「何か」が、私にはあるのかもしれないなー、と、漠然と思ったのよ。

こんな経験って多いんですか?誰にでもある事なんですか?

で、その後、そんな事もすっかり忘れてたんやけども、思い出してしまうような事が起きたのよ。

神戸の北区の市住に住んでいた時の事。

あの手この手を使って、うちらは、む上を乳幼児保育に送り込む事に成功したのよ。

当時、公立の保育園に乳幼児を入園させるのは、神戸の北区じゃかなり困難で、貧乏だったから(過去形は正しくない)、何とか仕事を探して、現金収入が欲しかった私は、最初は無認可の保育園に子供を預けて、その後、やっと、公立の保育園に子供をねじ込む事に成功したのだった。

でね、この保育園が、何故か「精神病院」付属の保育園だったの。

前の無認可の保育園に比べると、環境もいいし、先生も沢山居るし、送り迎えは大変だったけども、保育料もずっと安くなったし、で、私はかなりご機嫌だったの。

そして秋。保育園で「運動会」が催されたの。

オムツが取れたばっかりのむ上が、いっちょ前に、保育園の体操服を着て、まだ若かったうちら夫婦も大はりきりで参加して、それはそれは楽しかったんやけどさ、む上の「お遊戯」を見ていた私に、話しかけた人が居たんだわ。

年配の、大人しい感じの女性だった。

女性「入院されてる方ですか?いい天気になって良かったですね」
く「えっ?あの、入院してる訳じゃなくて、子供が保育園に入ってまして」
女性「えっ?それは失礼しました、てっきり…」
く「いや別に失礼じゃないですけども、はい」

いやね、もちろん失礼じゃないけども、ちっちゃい子が沢山、と言うか、キホンが、保育園の運動会だった訳で、病院の運動会じゃなかった訳よ。で、私はきっちし、ジャージの上下着込んで子供の演技を応援してた訳。状況からはあんまり間違わないんじゃないのかなー、とは思ったの。

ま、そんな訳で、ダンナのとこ行って、入院してる人に間違われたわー、と、軽く言ったらさ、

だ「あー、あるかもしれんなぁ。ワシもオマエ初めて見た時は足りん子みたいやなぁ思たからなぁ。オマエ、唇の色がもっと赤かったら、そうとしか見えん」

えっ?そうなん?そうやったん?てか、その判断基準みたいのが(私には)全く見えん。

けども、特定の人に、何か独特の印象を与えるもんが私にはもしかしたらあるんかもしれん。何か分らんけども。みたいな思いを持ってたのよ。


で、「プレコックス感」てな言葉に出合って、むーん。総合統合失調症ねぇ。あんま心当たりないけども、自覚があったら、(ある意味)病気とは言えんのかもしれんから、心当たりの方は、とりあえず脇に置いといて、「プレコックス感」と呼ばれるらしい、一種独特の雰囲気だか違和感だかが「どんなもん」なのかは、是非とも知りたいもんだ、とずっと思ってるのよ。

さて、リンク貼ったエントリーでは、もしかしたら「プレコックス感」てのは臭いなんじゃないか?みたいな仮説(は、大袈裟ですね、すみません)を出してて、ふうむ、と考えてしまった。

土曜日, 9月 27, 2008

バブルの頃の庶民

いやさ、このレスと、その続きに、に思わず「ほんまそれな」と、声が出そうになってさ。

個人差がものすごくある事なんで、一概には言えないのはそれはそれはよく分ってる(つもりやねん)けども、うちら夫婦(私60年代前半生まれ・ダンナ50年代半ば生まれ)に関して言えば、少なくとも、バブルの恩恵?なにそれ?と、自信を持って言えるわよ。

うちらが結婚したばっかの頃は、まだバブルは始まってなかった。確かに、80年代に結婚した訳やけども、80年代てば、前半と後半じゃかなり違ってる。

そして何より、バブルの恩恵は、実際には、かなり限定された人だけが受けてるんじゃないかと思ってる。

やなことばっかりじゃなかったし、いいことだって「それなりに」あったから、わざわざ言ったりはしないけど、今の不幸を嘆く若い人が「みんな」ツイてない時代に生まれてしまったばっかりに損ばっかりかぶってる人たちだとは思ってない

うちらはさ、鉄鋼不況の時に消費税3%におののいて、土井社会党に投票した浮動票です。

当時、ダンナの手取りは、近頃見聞きする新卒と一緒ぐらいで、年収は200~300万てとこ。デフレじゃなかったし、価格破壊もまだだし、グローバル化もしてなかったから、あの頃の方が物価は高かった。市住に入ってたから何とかなったけど、そうじゃなかったら、ほんとにカツカツだったと思う。まだ子供は一人目だったけど、母乳が出なかったので、粉ミルク代がそれなりに家計を圧迫してた。パートの時給は(神戸市北区では)500円台だった。

それが、ファミコンが出始めた時期(1985年前後)の事で、ファミコンは、私が下の子を出産する際に実家に帰っている間にダンナが購入していた。たぶん、他の娯楽をするよりは安上がりだったんじゃないかとは思うけれど、それでも、ファミコンソフトが一本3000円台~5000円台だったので、易々買ったりは出来ず、一本のソフトを遊び倒した。すぐになくなってしまったけれど、レンタルソフトと言う仕組みが当時あった。

そして、下の子が生まれた直後ぐらいがバブルに当った。神戸から埼玉に越して、周囲ににょきにょき億ションが建ってる頃には、時給が700円代に「高騰」し、ダンナの年収が400万円台にやっと届くぐらいになった。

とは言え、賃貸の家賃は安くなく、貯金をしたり、借金を支払ったりしなきゃならなかったし、物価もちゃんと上がってたんで、実質的に豊かにはならなかった。

子供が幼稚園に行ってるスキマにファミレスのバイトして――同僚には幼稚園ママが結構居たけど、ファミレスとは別に内職してた人もいた――、ようやっと子供が学校上がったと思ったら、不況に直面して、そうよ、私ゃロスジェネと一緒に就職活動してたのよ。

あの時、新卒と一緒に、既婚子持ちの私が就活してた訳よ。

兎に角もっとお金が必要でだった訳で、夢も希望もハナッからなかったから夢を打ち砕かれる心配はなかったけども、全然選り好みしないどころか、入れさえしたらどこでもいい、と思っていても、まるっきり就職はなかった。

#同じ歳の子を持つ社宅のお隣の奥さんと、時々「面接会場」で出合って、若い子が多いねー、無理ぽいわねー、みたいな話して、やっぱり仲良く落ちていた

しかも!口は出すけども金は出さない親類の相手して、口は出すけども金は出さない先輩ママの相手して、歳喰ってるだけデカイつらするやつとか、教師ってだけでデカイつらするやつとか、男ってだけでデカイつらするやつとか、戦争行っただけでデカイつらするやつとか、姑にいじめられたからって(なぜか)デカイつらするやつとか、戦後の食べ物がない時代を経験してるだけでデカイつらするやつとか、そんなちょっと面倒くさい相手がよぉ、今よりもず~~~~~っと多かったりした訳よ(もちろんみんなじゃないけどね)。ほんまに。

私ゃ、世の中、は言い過ぎかw。少なくとも私が知ってる範囲内では、良くなった事ってかなり多いと思っている。

とは言え、(もちろん)「だから」ガマンしろとは思わないし、つか、むしろ不平不満はとりあえず口に出して言うべきだとも思ってもいる。

だけどね、非モテという「くくり」に同情しないのと同じような感覚で、ロストジェネレーションって「くくり」にも同情はしていない。

単純に、「運が悪かった人」を「自己責任」にしてしまうなよ、と思っているだけ。

そして、それを時代特有の問題だとは思っていない。と言うか、それ(運が悪かった人を自己責任にしないと言う事)は、私の気分では、常に目指していたい方向性であって、だからこそ、世代論みたいのには乗りたくないと思っている。

為に世代論を利用する用意は何時でもあるけど、それは、手段であって、目的じゃない。

は?結婚できない?したいの?さして望んでもいないのに、文句言う為の手段のひとつとして言ってるだけじゃないの?は?子供が生めない?子供欲しいの?さして望んでもいないのに、文句言う為の手段のひとつとして言ってるだけじゃないの?

私(個人)はさ、うっかり結婚しちゃった馬鹿とか、うっかり子供持っちゃった馬鹿をこそ支援したいの。私がそんな馬鹿だったから。

馬鹿はさ、そうなって初めて分る訳よ。

大学進学を考える歳になって初めて、地域格差を知って、大好きになっただけで結婚して初めて、他人と暮らす難しさを知って、子供を持って初めて、子育ての難しさを知って、そこで初めて親に感謝したような、ありきたりで平凡な馬鹿だった訳だわ。

だけどさ、めくらめっぽう石投げたって簡単に当るぐらい平凡な馬鹿が生き難いと感じるような、そんな社会じゃ流石に嫌なのよ。

みんな愚かで必死じゃん。