書くほどの事も無い、と言うか、微妙にくたびれてて、気がついたら、更新してなかった。
blogって形になると、構えすぎるなぁ、と、ちょっと思った。
タイトルがないと、見にくいので、後付タイトルは無題。今後は、こんなやつのタイトルは「無題」としておこうかと思う。
日々の記録を綴る。予定ではあるけども、只今使い方の練習中です。
田舎に越して来て、とは言え、私にとっては地元なんで、友人も知人も沢山居るし、気になってた親も近くに居るし、元々そんなにも生活に不便のある場所でもないし、と、特に不満もないねんけども、思った以上にネットしてる人が居ないんで、ご近所さんのブログとかないかな~、とか思って、今日は、地名入れたりして何気に検索してたんだわ。
したら行き当たったのが、ブログ村。
あらここ知ってる。
てのは、コッチ来てあんまり間がない頃に、父が、なんかに当選したんで「お礼が言いたい」んやけども、お礼のしかたが分らん?とか聞いてきて、行って話を聞きつつ、実家のPCから辿りついたのがここだったんだわ。
結構ローカル情報に力を入れていると言うか、あ~んなど田舎(と、私は思っていた)から地産商品情報を発信してるんだ~、と驚きつつ、懸賞(みたいの)に当選したらしい事を発表してるとこから、いろいろ探して、とりあえず、アドレスあるから、ここにお礼出してみる?とか言ったら、何だかメールの使い方もよく分らない、と言う事で、父の言う事聞きながら、ネット懸賞(みたいの)に当選した事に向けて、お礼状メールを打ったりしつつ、その発想はなかったなぁ、と、しみじみ感心したりしたのが、去年の夏の事。
まさ、そんな事を思い出しつつ、地元の人が発信してるらしいブログアレコレ見てたら、へぇ、意外。高齢者(の区分の正確なとこってあんまり知らんけども、なんとなく、60代以上なのかなと思ってる)の人のが結構ある。
おお、まだまだ私の知らない世界って沢山あるんだなぁ、と、感心しつつ、そのまま今度はブログ村のランキングに。
たら、すごいものを発見した。てか、これをすごいと思うのが、もしかしたら既に私が「ズレ」ていたって事なのかもしれないけども、思わず読み耽ってしまった。
のが、舅・姑・小姑 人気ランキングに入ってる、あれとかこれとか。
嫁、がんばれー!
ネットみのもんたねぇ。
アドバイスと説教の違い、てのがもひとつよく分らなくて、まぁ、聞きたくない事を言われたら「説教」と受け止められて、役に立ったり嬉しかったりしたら「アドバイス」と言う風に、「受け手」が決めるもんなのかもしれないな、とか思う。
はてブにネットみのもんたが沢山居るように見えるのは、あれがずらっと並んでいるから、て部分もあるけども、「教えてgoo」や「人力検索はてな」や「Yahoo!知恵袋」みたいに、はっきり質問者(や、書き手)が回答を求めて居ないにも関わらず、意見しちゃってるから、余計に大きなお世話ぽく見えるて部分はあると思う。
もっとも、ああ、みのもんだだー、と思う回答って、発言小町とか、他の質問系のサービスだと、もっともっと多くて、質問者が具体的な回答を求めているにも関わらず、倫理的だったり、気持ちの問題での返信がついたりして、いやそれ、質問の答えじゃないじゃん、と、(読んでる私が勝手に)思ったりもしてるねんけども、意外にも、質問者が素直な人だったりすると、それだって充分に有益なアドバイスになってる(ように見える)事もあって――これは質問のタイプもかなり影響する。とても技術的な質問をしているのに(how toを求めている)、努力が足りない、みたいな事を返したら明らかにズレてるけども、逆に質問者が、余りに手前勝手な問題を投げかけたならば、厳しい言葉も必要なんじゃないかと思う。――、面白いなと思う。
でもさ、そんな場面でもって、質問者が反発すると、これはもう、むっちゃ荒れる。発言小町とかそれが顕著やけども、そうなると、質問者の返事(の「内容」じゃなしに「ありよう」)に対して批判が来て、それに同調する人やら、それを諌める人やらで、バトルロワイヤル状態になって、当初の質問は遥か彼方。
んなの見てると、掲示板にも「司会進行」するような人が居る方がいいのかもしれないなー、とか、思う時もあるけども、元々が管理人の居ない掲示板でもって、主催者みたいな所がそれをやったら、今度は参加者全員を敵に回しそうだし、誰かが手を挙げたら、何で「アンタ」なの?みたいな事にも発展しそうで、事態の収束はもっともっと遅くなるだけだろうなー、とも思えるんで、結局は、なるようにならせておくしかないんだろうな、とも思う。
ほれ、はてブのコメントやったら、んなこたー聞いてねーよ、で終わりにも出来るけども、最初に教えて、と言っといてそれじゃ叩かれてもしょうがないんじゃないかと、まぁ、私は思う(これはイラッと来るだろうなーと思える回答は確かにあるけども、多くの意見を知りたいからこそウェブを利用したんじゃないかと思うから)。
さて、だけども、説教もアドバイスも時には必要なんじゃないかと思うし、言ってもらえて良かったと思える言葉って、私には結構沢山ある。後、その時は説教うぜー、と思ってたのが、後になって、あーそうだったのかーと分る時もあれば、逆に、ごもっとも、と、思っていたのが、後に、違っていたのかもしれない、と思う時もある。
だけども、一番むずいと私が思っていたのが、子供に説教したりアドバイスしたりする時やねんな。
なんつーか、出来るだけ失敗を経験する機会は奪いたくない訳よ。トライ&エラーてのが、平凡な人間にとっちゃ(たぶん)一番使えて効率的でもある学習法――その事を学ぶだけじゃなしに、応用も利きやすいんじゃないかと思うし、何より、トライ&エラーと言う形の学習の方法を身につけられるの方が、生き易くなるんじゃないかと感じていた――じゃないかと思ってて、だけども一方で、こっちから見たらほぼ自明の事ってのが、なんしか相手が経験の絶対値が足りてない子供なもんだから、当然沢山あるんだわ。
そんな時、「ただ黙って見ている」って行為ってのは、好ましいのか?好ましくないのか?
いやもう、ここら辺がほんとにむずい。ネットみのもんたと言ってしまっていいのかしら?みたいな気分が拭えないのは、そこら辺やな。
後ね、そのアドバイスなり説教なりは「誰」に向けてのものなのか?てのは、かなり重要。
私はさ、アドバイスも説教も、基本的には個別具体的じゃないと有効とは考えてないんで、具体的な対象に向けていないものは、アドバイスだとも、説教だとも思ってないけど――みんな、とか、社会に向けて影響力を行使する態度だとは思っている――、アドバイス(又は説教)の形を取って、みんなや社会に向けて語る、てのには、警戒しちゃうな。
てなタイトルを読んで、うわー、私もしかして若者♪と、一瞬喜んで、それから、エントリー読んで、微妙に違ってるトコもあるよなー、ここら辺がおばさんと若者の違いになるのかもなー?とか思いながら、何だか自分語りがしたくなったので、書いてみる。
もしかして若者と一緒?と思ったのは、タイトルの『インターネット依存と低い上昇志向』てのが、明らかに私の傾向と被ったからやねんけども、ネットに触れる前から低い上昇志向の持ち主だった私の場合と、この頃の若者(笑)の傾向が一緒になってしまうのは、只今的な社会的な「問題」なのか、私が元々持っていたベクトルみたいのが、実はそんなに珍しいものでもなかったのが、時代に応じてだんだん顕在化したからそうなったのかは、さしあたってはよく分らない。
が、ハッキリ感じている事がひつあって、それは、貧乏人にとってPC(殊にネットに繋がったPC)てのは、かなりの恩恵だよな、て事。。
なんつーか、今の日本じゃ、少ない投資でもってより多くの快楽を得ようとするならば、PCを上回るものって、あんまり思いつかなかったりするんだわ。PCてば、快楽のコストパフォーマンスがむっちゃ高い!
随分昔に、内田樹先生のブログでもそんな事書いて、うんうんあるある、と思いながら読んでたんやけども、先生の方は、否定的な方向からその傾向を示していたように思えたけども、私の方は、同じ傾向をどっちかで言うと「好ましい」ものとして受け止めていたのよ。
定額サービスを利用したら、動画共有サイトで、見たいTV番組が見たいように見れて、既存の雑誌よりも、もっと生々しいゴシップが(色んなサイトを読む事で)楽しめて、オーディオの代りも果たせてしまう上に、うまくしたらタダ楽曲だって手に入る。フリーゲームが沢山ある上に、うまくしたら、市販されてるゲームだってタダで遊べてしまう。うまくしたら、金出さなくても、エロ動画が手に入るし、うまくしたら、資本金なくても働かなくてもお金が手に入る。
買ったら高価なソフトと遜色の無い機能を持ったフリーソフトだって使えるし、うまくしたら、タダで、高価なソフトを使ってしまう事も可能。
PCはどんどん安くなるし、常時接続の費用なんて、ケータイ代に比べたら安いもん。
勉強しようと思ったら、勉強も出来るし――本を買ったり、百科事典を買ったり、辞書を買ったり、地図を買ったり、参考書を買ったりしなくても、ネットだけで出来てしまう事が沢山あるし、とうとう、(受験料払って、そこまで行って受験して、その上で合格して(追記)、入学金支払って、授業料支払って、学校まで行かないと(追記終り)聞けなかった)有名大学の講義まで動画で見れるようになった――。
メッセを使ったコミュニケーションはケータイよりも安く済むし、2chのように、リアルよりもずっと敷居が低い上に環境の違う相手や、似たような嗜好の相手とコミュニケーションが出来る場所もある。
オンラインゲームを利用したら、場所と相手の縛りなしに、対戦相手が探せるし、オークションうまいこと利用したなら、自分の周辺の評価だけだと、ただのゴミみたいなもんにだって、買手がついたりもするじゃないのさ。
なんしか、環境による文化資産の差が、ネットを使う事で、かなり安価に埋められるじゃないのさ。既得権益を持たないものにとっちゃ、これ以上「お買い得」な商品てば、そうそう見当たらないんじゃないの。てのが、只今の実感。
低い上昇志向の者がネットに依存するなんて、必然と言ってもいいぐらい。
たださ、私とここで描かれてる若者の最大の「違い」であって、かつ、このエントリーの趣旨であるところの、「そんな若者」にモノを買ってもらう手段に関しては、ちょっと待った、があるんだわ。
このエントリーじゃ、若者がモノを買わなくなった要因を並べて書いてて、ふむふむなるほど、結構私と被るトコあるじゃん、と思いつつ、ここは明らかに違うよなー、てな部分があったのね、それが、インターネット利用時間に関する項目。
- <M1層>→インターネット利用時間が長いM1は、情報が多すぎて調べるのが面倒になり、購入を中止した経験が多い。したがって消費力は低い。
- <独身F1層>→インターネット利用時間が長い独身F1は、ネットで調べている間に、何を買ってよいかわからなくなった経験が多い。したがって消費力は総じて低い傾向。
いやさ、私は、「欲しいもの」があって初めて調べる事が多いねんけども、それゆえ、「それが欲しい」の部分は、かなり確定してて、むしろ、「如何に安く楽に買えるか?」の部分の方が、ずっと重要なんで、「情報が多すぎて面倒になったから辞めたり」、「何を買ってよいかわからなくなった」みたいな経験はないんだわ。
本文の方では、若者に積極的に消費してもらう為には、こういった事態への対処が効果的である、みたいな結び方してる訳やけども、元々消費欲求が少ない人に向けて、『購買へのためらいを払拭するための“背中の一押し”や“先送りはできないと”思わせることが効果的で、さらに機能訴求よりも“素晴らしい自分”イメージを想起させること』てなアプローチって、あんまり有効とは思えないんだわ。
てのはさ、これらの若者が結構私とよく似た感性でもって消費行動を決めていたなら、『情報が多すぎて面倒になった』時点で、さして必要じゃなかった、てな判断をしてるんじゃないかと思うのよ。同じように『何を買ってよいかわからなくなった』と思った時点で、不要であると判断してるようにも思えるのね。
なんつーか、「消費そのものには快楽をあまり感じない」タイプに向けて、消費を促すようなイメージ戦略を取っても、そんなに効果は期待できないんじゃないのかなぁ、と。
いやさ、これは、彼らが、私と似たような感性の持ち主かもしれない、てな前提からの「憶測」なんで、一概には言えないけども、「無駄な買い物」させたいのなら、余剰こそが最大の解決法じゃないの。とは、思う。
小手先の技じゃ、貧乏人のサイフの紐は緩まないんじゃないかと思うよ。
てなエントリーを読んで、ああ、あるある分る分る、と共感しつつ、ここんところ思ってた所なんかとも被るんで、ちょっと書いてみる。
私も、もっと子供の頃、「親になる資格」みたいな事を考えた事がある。
家庭の事情もあって、ちょっとヒネてた私は、そのお陰で、逆に親を軽蔑するような期間は少なかったけども――なんと言うか、人間だもの、てな距離を割と早く作れたように思う。一方で、そのぶん、本来悩むべき時期に充分に葛藤しなかったんじゃないか?みたいな思いもなくはない。――、それでも、私は現状にさし当って不満はあんまりないけども、とは言え同じ思いを自分の子供にさせたくはないなあ、みたいな気分もあったし、一方で、私の生活態度を鑑みるに、とても子供に向かって注意をしたり、怒ったりは出来ないよなぁ、みたいな気持ちも持ってて、「ちゃんとした」子育ててのは困難過ぎて、私にはとてもやれっこないなぁ、それに比べたらばうちの親は頑張ってるもんなぁ、とか思ってたのね。
にも関わらず、私はどっちかで言うと子供を持ちたかったの。何故と聞かれても困るけどと言うか、私自身が何でなのかはよく分らないけども、子供は欲しかった。
子供は欲しいと思ってるけども、親になる自信はない――とても面白い事に、私は、セックスと出産は直結するものとは考えていたけれど、出産と結婚をあまり結び付けていなくて、父親と言うものをあまり意識していなかった。環境の影響なのかなぁ。父が無くとも子は育つ、と、(実感を持って)思っていたのだ――。
なりたいものがさし当って無かった私が、唯一やってみたいと主体的に思えた出産と育児だけれども、最もその資格が無いのが私なんじゃないかとも思えて、切実なもんじゃなかったけども、何だかあーあ、な気分を弄んでいた、てのが高校時代の私だったりしたのよ。
で、ある時、とても信頼していた担任にひょっと持ちかけたんだわ。
なんか、ものすごい間違いをしてたんやなー、と、先生にゆうてもらってやっと気がついたわけ。
子供の幸せと私の一貫性を秤にかけてしまうって、ナニサマやったんやろ。それって何が何でも守らんとアカンような事やなかったんやな。
私はコレで、私も子供を持ってもいいと思えるようになりました。
もっとも、「ちゃんとした親」で居ようとして、肩に力が入り過ぎてしまう時って今から考えても色々あったけども、まぁ、そんな時、ここに戻ると、何だか気持ちに余裕が持てるようなってさ。
後ね、子供を実際に持つようになってからは、「親になるのに資格が要るような社会」てな前提がおかしいんじゃないのかなー、とも思うようになったのよ。
変な話で且つ当たり前の話やけども、私も、お隣の奥さんも、担任の先生も、近所のおばさんも、ダンナも、会社の上司も、誰でも、間違う事ってあるんだわ。「ちゃんとした親」なんてただの幻想。
一方で、(タマタマ私の周辺では、TVで流されるような酷い例にはお目にかかっていないけども)もしも、好ましく親を持ってしまった子供が居たとして、親になるような資格がないような親の子供と、親になる資格を持った親を持った子供が現に居るとして(仮定の形で書いてるけども、事実としていない方マシな親は居る)、親の「資格」が子供の幸せや未来を阻害する社会とか、むっちゃおかしくね?と言うか、親になるような資格を持たないような親を持ってしまった子供にこそ、社会的支援が必要なんじゃないの。だって、親になるような資格を持った親の子には、特別な支援は不要なんだからさ。
なんかさ、無駄に親や結婚のレート上げるなよなー、とは、よく思う。
急に涼しくなって、あ~、もう夏休みも終わるなぁと思ったら、来年の夏にはこれ作ろうね、と言ってたペットボトル潜水艦の事をようやく思い出して、しまった~、と思ったところ。
今度は忘れないように、とりあえずパーツぐらいは買っておこうかな。
去年の夏は、越してきた翌月の8月は、私もまだ仕事が始まってなかったりして、何だか結構のんびり過ごしてたのね。
んで、越して来て、改めて足りないように思えた日用品を買い足しに――来る時に捨てまくったからやけども、後生大事に持って行くよりも、100均で買った方がむしろ得なんじゃないの?と思えるような、もうとっくに減価償却済みて感じのふる~いヤツを、まだ使えるから、と、騙し騙し使ってたりもして、むしろ何で今まで捨ててなかったんだろう?と、改めて思ったものも結構あったよ――近所のオークワ内にあるの100均ショップにダンナと二人で行ったのね。
100均楽しいじゃない。で、日用品と一緒にステーショナリーやら園芸用品やらも見てたら、おっ!?手作り時計キット!
と、言う事に決めて、時計キットと、ちっちゃいジグソーパズルと、ジグソーパズルの枠を買って来て、早速作った訳さ。
以上各100円で、合計500円、てとこやけども、実は時計キットの正確な数を覚えてなくて、もしかしたらもっと必要だったかもしれない。後、単三電池が必要。
最初にジグソーパズルを作って、枠に入れる前に液体ノリ(木工用ボンドを伸ばしたみたいやなつで、枠だかパズルだかについて来るから買わなくてもおk)を表面から塗って乾かして、乾いたら枠をつける。
枠の上から、時計をつけたい場所をだいたい決めて、穴を開けるねんけども、キットの文字盤とちがって、ジグソーパズルのパズルのダンボールと、ビニールカバーと、パズルの枠の背板(て、言うのかな?裏面の部分)を通して穴を開けてみるに――この部分は、ダンナに電気ドリルでやってもらった――、針とモーターを繋ぐ心棒の長さが届きかねるんだわ。
ああ、そーだそーだ、売ってた文字盤は、中心部分が掘られてて、そのサイズと、このモーターの針の枠みたいが丁度サイズが合うようになってたんや。
が、ここまでやったんやから、何とか通して固定したい。元々あったドリルの穴が小さい上に、かと言って大きくし過ぎると今度は針が固定出来ない。むーん。
それに、ドリルはダンボールに穴を開けると、掘られたダンボールが丸く取れるんじゃなしに、開けた側に向いて飛び出してしまうんで、いっそう距離が遠くなってる。
ふうむ。と、ちょっと考えて、これは「微調整」の意味も込めて、ちょっとずつ削って行こう、とか考えて、針との繋ぎの心棒を出したり入れたりしながらカッターでちょぼちょぼ削ってたら、おお、無事繋がった。元々長さが足りてないぐらいやったんで、繋がったら、そのまま固定出来ちゃった。
穴の具合は結構不細工やったけども、針を固定する止めをつけたら、全然見えなくなって、何とかなったみたいよ。
私は、この猫さんがちゃんと見えるようにしたかったから、文字盤は、パズルの中心にせんかった訳やけども、そうすると、電池を入れたらかなりバランスが悪くなったけども、紐と掛ける位置をちょっと調整したらそれも何とかなって、お安いオリジナル(と言うのは何となく語弊があるように思える)時計が出来たのでした。
半日もかからないから、今からでも夏休みの工作に間に合うよ!
おお、シンクロニティ!と勝手に感動したんで、覚書少々。
かなり脈略ない事をだらだらとw
てなエントリー読んでて、最初の方のアナキズムぽいあたりって、もひとつよく分らなかったけども、最後まで読んで、あーなるほど~、そういう意味かぁ、と、納得。
日本人をする」てのは、日本人「として」ふるまう事で、それをやめる事で、より暮らしやすい「(国、ではなく)社会」を目指しましょう、みたいな事なのかな。
まぁ、こう言うだけだと気持ちの問題になってしまうけども、最後の一文で、おーそれそれ、今日丁度それ考えてたとこなんだよ!と。
日本の社会制度のなかで、まっさきに やめるべきものの ひとつが、戸籍制度です。さあ、みなさん、ひこくみんになって、戸籍制度と たたかいましょう
もう結構前から、住民票だけでいいんじゃないの?戸籍って一体誰にメリットある訳?害しかないじゃん。と、思っていたんだわ。
んで、昨日タマタマはてなの方でIDコールがあったんで、ちょっと憲法24条についてのエントリー書いたんやけども、そのついでに、婚姻に関するアレコレをなんとなく調べてたのよ。
んで、あー、そうそう、本籍地の戸籍とか取らなきゃいけなかったんだよなー、とか(離婚の際も必要だった)、戸籍は新たな籍を作ってもずっと変わらないんだー、とか色々読んでて、ほんっと、これってどう考えても不要じゃん、と思えてさ。
とても分りやすい例だと、被差別部落出身者とか私生児への差別の元になってるし、住民票で住民として必要な情報は得られるんだから――引っ越しの際に必要だったのは、それだけだったし、子供の学校関係で必要なものもそれだけだった――いい事何もない上に、困った事はちゃんとあるじゃないの。
ダンナはさ、日本には戸籍があるから、人の把握がとてもしっかりしていた、みたいな事言ってたけども、それ、誰に便利だったの?軍部や国に便利だっただけじゃないの(と言った事は突っ込まなかったけど)。とは思ってたのよ。
そんな訳で、戸籍制度の廃止にはとてもとても賛成なんだけども、どうやったらそれを実現できるのか、みたいのがイマイチよく分らない。選挙の争点になりそうにもないしな。
具体的な方法ってどんなんでしょ?
とか思って、ちょっと調べたらこんなエントリー発見。
おー、なるほど~、これやったら、選挙の争点としても出て来るかもしれん。てか、私このアイディアには乗れるな。元々、住基ネットて、プライバシーとか基本的人権の部分がきっちりしてたら、あってもいいというか、結構便利なんじゃないかと思ってて――ぼんやり生きていたいので、国に悪用されるような事がないような強い縛りがあったなら、事務手続きみたいのは、自動的にやってもらえる方が、どっちかで言うと楽じゃないかと考えていた――、元々、住民票が無い事には色んなところで困る訳で、それが自動化されると考えると、こいつと引き換えに戸籍制度が無くなるてんなら、一挙両得。
よしよし、ここら辺も考慮ポイントにしとこ。
と言うのが私の只今の現状理解な訳ですが、さて、やっと『萎えた』話に戻ろうかと思う。
でもさー、今日はむっちゃ仕事が忙しくて、そっちでイッパイで、なんかどーでもいいかもなぁ、て気になったのも正直なところ。「誰が悪い」みたいな話でもないしなー、とか思ったら、妙に気が済んでしまった。
だけども、一種の「歴史の記録」みたいな部分もあるかもしれないんで、とりあえず書いておく。
入社式で、今後の指針みたいのを一通り聞いて、おー、それそれそれいいじゃん。と思った事もあれば、えっ?!それって欺瞞じゃないの??と、疑問に思った事もあったりした訳やけども、一企業のありようと私が社会に求めてるものってば、必ずしも全てが重なる訳でもないし、現場の気安さは、目の前にやらなきゃならない事がわっかり易く提示されてる、て部分もあって(だから私は現場が好きなのだ)、まぁ、それはそれ、やれんなーと思ったら辞めるだけの事やしなー、で(とりあえず)流した訳ね――が、この流した部分も私にとっては結構問題アリと思える部分だったりするんで、いずれ(気が向くなり、思い出したりしたなら)書こうかとは思っている。
まぁ、そんなこんなで入社式も終わって通常業務に戻って、それから、ラスト(で、且つ本来の最大の目的であるところの)の品出しの前のミーティングでもって、うちらのチームのリーダーからのお話になったんやけども、そのお話の内容にものごっつ「萎えた」のよ。
本日の割り当て。了解妖怪。今後の新たな指針。了解了解。俺の指針(ポリシーてな言葉を使ってた)。えっ?何それ?。俺の指針の内容。フザケルナ。アンタ何様?!
俺のポリシーを言い出す意味がまず分らない。あんたのポリシーたら言うのにうちらが従うメリットは??それが見えん事にはなーとか思ってたら、そのポリシーたら言うのを話し出した。んで、そのポリシーてのが、指示を受けたらそれには必ず従うって事やって。
あほか。そーゆーのはポリシーがないのがポリシーです、いうんと一緒やないか。百歩譲って、「出来ません」と言う前に、「可能性を探る」のをポリシーにしている、と言う意味だとして、はいはいゆうて「頑張った」らうちらになんかええことある訳?
達成すべき具体的な目標を示されて、それを達成したならベースアップしたり、時間内により早く目標に到達したら、後は帰ってしまっても、そのぶんの時給は保障されたりする訳?そんなんまるっきりないやんか。あんたの気が済むか、あんたの評価が上がる以外にうちらにどんなメリットが?それって、単なる「頑張り損」じゃないの?
口には出さなかったけども、むっちゃやる気が失せた。お客様のためになるように頑張って、それなりの結果が出せたら、一時金が出ます。なら、そりゃもうむちゃくちゃ納得できる――客商売はみずものだし、品出しがやれる範囲て、知れてるけども、やった事が何らかのメリットに結び付くのが明らかだった方が、ふつーに「やりがい」はでやすいですもん。――。
だけども、俺のポリシーだから、で人を動かそう、てあんた馬鹿?!としか言いようが無い。俺のポリシーに沿った行動を取って、俺が望んだ結果が出せたなら、俺のポケットマネーからでも何らかの報酬を用意する、てんならとてもとてもありがたいお話ではありますが、単に俺のポリシーだけを理由に、「より働け」と言うのなら、正直転職考えるよ。てか、一瞬、じゃ、私は辞めます。と、言ってしまいそうになった。
何勘違いしてるんだろ?私は、俺に褒められたくて働いてる訳でもなけりゃ、俺に注意されるのが怖くてミスをしないように頑張ってる訳でもない。単に、「金」が欲しいから働いてるだけだから。同じ給与で働くのなら、より条件のいいトコ探すんだよ。
ボランティアでもクラブ活動でもない、てな、当ったり前の事が分ってないんじゃないかと思えてしまって、それはそれはその後の作業のモチベーションが下がってしまった、と言う訳。
一体、何がしたくて、あんなしょうもない話するのに、いっそがしい時間を20分も使ったんだろ?ほんと、わけわかんない。
つづきになるけど、その前にちょっと仕事と賃金について思っているところを書いておく。
これは最近度々話題に上るし、私の最大の関心事でもあるし、だけども、ここんところの「前提」が一致していないからこそ、お話が色んなところでやたらと平行線になっている部分でもあるんじゃないかと思っていたりもするんで、さし当っては立場表明みたいな事少々。
が、私は、パートや派遣の賃金が低すぎるのか、それともそうじゃないのか、て部分で、既にちょいと躓く。
だけども、本国の憲法で定められているところの、基本的人権には『全て国民は健康で文化的な最低限度の生活を送る権利がある』みたいな記述があって、それを元に生活保護てな法律が定められているのだから、生活保護よりも少ない金額でもって生活しなきゃならないような賃金てのは、憲法違反にあたると思っていて、地域格差がかなりあるようだけども、最低賃金てのには、かなり興味を持っている。
果たして、うちらパートの賃金は最低賃金よりはちょっとだけ多い目、て程度の額に抑えられている事が多く、一方で、世帯別て形の只今の税制ですと、パートの「主婦」は、世帯主の所得によって、税金の免除額が変わってきたりして、沢山働くと、場合によっちゃ、世帯単位での収入が「減ってしまう」場合が少なくなかったりもするんで、一昔前ぐらいだと、大部分のパート主婦の皆さんは、免除額ギリギリの中で働いていたりもしたんで、この低賃金は、必ずしも「損」とは言えない状態だった訳よ。
ところが、時代は変わって、不景気になりまして、ダンナの給与が上がらないどころか、減額ありーのボーナスなしーの(下手すりゃ)リストラされーのリストラ免れたと思ったら会社そのものが倒産しーの、の上に、年寄りが長生きするようになったのはめでたいけども、核家族化で減った子供にとっちゃそのお世話やら医療費やらの負担が大きくなりーの(少子化の影響からがあるのかどうかは分らんけども)進学率が上がって子供の教育費は増えるばっかりーの、と、何だか「まじめに一生懸命やってさえいたら何とかなる」とはあんまり思えないような「空気」が蔓延してるじゃない。
さて、果たしてそれが「空気」だけなのか、実際にうちらの暮らしは苦しくなっているのか?て考えると、むずいなー、とは思うねんけども、少なくとも、私の周辺の人たちは、ダンナの収入だけでなんとかなってるような人って殆ど居ない。
パートに出てるんだから(ある意味)当然ちゃ当然やねんけども、もうちょっと前やったら、暇にしてるのは「勿体無い」から、とか「おこずかい」が欲しいから、みたいな感じで、「ダンナの許可が下りる範囲内」で「家族や家庭に支障が出ない」って条件でもって働いてる人も(殊に私よりも年長の奥さんだと)少なくなかったのがさ、パートかけもちしている、とか、子供をダンナに見ていてもらえる隙間時間に働きに来ている、とか、後、本業とは別にアルバイトでやって来てる男性も、今じゃ珍しくなくなった訳よ。
ダンナの収入が「減っている」又は、生活を維持するのがそのままだと困難だからこそ働きに出ている、てのが実態なんじゃないかと思ってて、だから、これからは、パート(や派遣やアルバイト)の待遇は、各人の「生活の安定」の為にも良くする必要があると考えてる――収入が減ったなら税金免除のうまみも当然減る訳やし、実際もっと働きたいと思っているパートさんは決して少なくない。又、掛け持ちを「好き」でやってる人もあまり居ない。そうするしかないからそうやっている人が大部分だ。――。
これは、最低賃金を上げると言った分りやすい形での待遇改善ハッキリと望んでいる、てのでもなければ、パートにも「正社員」への道を開いて欲しいみたいな何らかの地位を望む、て感じのものと言うよりは、どっちかで言うと「その事(交渉する事)で不利を被る事無く交渉する権利」みたいのがまずは欲しいな、とか思ってる。
てのはさ、思いつくだけでも、人事に関する事を望む人も居れば、ベースアップを望む人も居るだろうし、一方で、アルバイトをする権利を求める人も居るんじゃないかと思えるし、急な欠勤がペナルティにならない職場を求める人とか、主婦と独身者でもかなり求めるものは違って来るんじゃないかと思えるし、所帯を持っている人にしても、家庭が抱える問題てホントみんな違ってるんで、望ましい待遇とは言え、実際は結構多彩なんじゃないかと思える訳よ。だけども、それに関して「交渉」する事自体が困難と言うか、職場(の空気みたいの)によっちゃ、そんな行為をしようとするそのものが、自分を働き難くさせてしまうみたいのもあるみたいじゃない。
すごく萎えた。結局相性なんだろうなーとは思うけども、何とかならんかなぁ、とは思ってる。
具体的な対処法を考える必要はない。単に、私のモチベーションに関わるだけの話に過ぎないな、とも思えるけども、同じように感じている人も少なくないんじゃないかと(勝手に)予想している。
で、この『予想』の根拠とも言えるのが、私が入る前に部署内でかなり揉めて、元々の大所帯が二つに分裂したらしいって話が元やねんけども、後から入った私は、それまでの事を全然知らない上に、出来ればその事にはタッチしたくない気持ちがかなり大きいんで、実際のところは確かめようもないねんけども、今のチームの「存続」に関わったようなオオゴトらしいんで、大きな事件ではあったんじゃないかと思ってる。
と、ぼやぼは印象だけを書いても何があったのか全然分らないんで、私が「萎えた」状況についてぐらいは、記録しておこうかと思う。
関係者なら(たぶん)分るんじゃないかと思うけども、本日(8月21日)うちの会社の形態が大きく変わって、今日がその新会社の入社式だった。
形態が変わる、との告知があったのが、半年以上前で、人事のありようが変更になる、てな告知があったのが、1ヶ月前になるのかな。まぁ、通常業務には差し障りのない変更だけども、会社の規模が規制のありように影響する只今の法律に照らして考えるならば、会社規模が「小さく」なるのは、従業員にとってはあんまりありがたくない話で、会社規模とそれに伴うであろうところの福利厚生に魅力を感じて「御社」を就職先に選んだ私としては、不本意な変更だった訳ではありますが、給与の方に直接の被害があった訳じゃないし、パートとしては「初めて」のボーナスみたいのも得たりしたのと、もう一回就職活動するのはしんどいよなぁ、てのと、それでもご当地じゃここが最大の企業だもの、他はもっと条件良くないしなぁ(職安で募集していた中で、この時間帯ではここが一番時給が良かったのだ)、みたいな事を考えて、まぁいいか。てな結論に達しはしたけども、想定外の展開に、さて、今後はどうなるんだろうな~?みたいなちょいとした猜疑心も持っていた。
半年毎に契約更新するようなパートではあるけれど、ベースアップが(殆ど)無い上に、どこへ行ったって最低賃金に毛が生えたぐらいの時給だし、しかも高齢化社会で働き手は減っていく一方だし、しかもしかも、客商売なのだから、日本語が不自由な人を易々採用するような訳にもいかないじゃない。にも関わらず、要求水準はきっちり上がったりもしてる訳で、「会社的には」長く勤めてもらえる方が圧倒的にお得な訳よ。
実際、私が知る範囲内では、パート側からの都合以外で会社を辞めた人は殆どいない(私が知っている「免職」は「横領」だけだ)し、私もそうだったけども、実際に辞めると言っても抑留を望まれた人が大部分じゃないかと思う――これは、本人が仕事が「出来る」からと言うよりは、元々が入れ替え可能な仕事ではあるけれども、どんなに簡単(そう)な仕事でも、「慣れ」と言うのはかなり大きく、一方で「慣れるまでの教育コスト」がそれなににかかってしまうにも関わらず、そんな余裕のある「現場」は決して多くはない、ってな実情の方が大きいと思っている――。(つづく)
うみねこep3、二日目に入った。
先代ベアトと今のベアトが並んでるとこを見たら、突然「ドレス」と言うものを着てみたくなった。
今までで「ドレス」を着たのは、結婚式だけで、しかも既に妊娠してたんで(そんなに月数は経ってなかったけども)、選べるデザインに限りがあって、つかあの時は「式」を挙げたいとも思ってなかったけども、なんかご両家の親族の皆様イマイチ納得しないみたいなんで、挙げたった感じで、当時はどっちかで言うとめんどくさい気分の方が勝ってたけども、そういや「ゴシックなドレス」ってどんなんかな~、とか考えてたら、ひょっこり「タイタニック」思い出して、ドレスいいじゃんドレスドレスな気分になって来たんだわ。
そういや、バストアップ画像はあるけども、立ち絵ってなかったよなー、ああそうそう、キャラクター紹介のとこでちょびっとあったかなぁ。全体どんなデザインなんやろか?
正直竜騎士さんのファッションセンスてば、あんま私好みじゃないねんけども、進呈されたらしいところのベアトリーチェの肖像画のドレスは中々素敵だと思ってて、おんなじノリで、立ち絵で、他の魔女とかもあればいいのになー、とか思う。
で、虎の穴の話で私が勝手に盛り上がってたら、家電が鳴って、むむ。
家電が鳴ると「不吉」な気がするのは私固有の感覚なんか一般的にそうなんかどうかも分らんけども、微妙に躊躇してから取ったらヤマト運輸さん。わーい来たんや!
うみねこのep3を予約したのが今月初め頃で、どこで予約しようかな~、と竜騎士さんとこから見たら、いやん。同人ショップばっか。
同人ショップに行ったことはないし、たとえ行った事なくても、ここんところは、ゲームは大抵ネットの通販で、アマゾンか楽天で買う事が多かった訳やけども、同人ショップで同人ゲーを買うのは微妙に敷居が高い。
な訳で中で一番身近な気がしたソフマップの通販利用としたんやけども、なんかさ、ないねん。探し方が悪かったんか、ゲームて方に行ってもみあたらんし、発売予定の中にも入って無いってないし、しょうがないから「うみねこのなく頃に」で検索したらば該当ゲームはありません、になってしまった。
えーそうなん?なんだかなぁ、とか思いながら、しょうがないからリンク貼られてる同人ショップの中から、うちんちから比較的「(地理的に)近そうな」ショップを選んでみたらば、おお、流石同人のビックタイトルと言う訳で、バーンと派手な広告画像のリンクから、販売のとこに行けたんやけども、あれれ、買い物カゴが見当たらん。てかそこへ辿りつけん。2、3回トライしてみたけども、アカンかって、しょげねぇなぁ、と、前にひぐらし買った「とらのあな」のサイトに。
とらのあなで買ったと言っても、私が直接行った訳じゃなくて、子供に買いに行ってもらったんで、場所をよー知らんし、店内の様子みたいのも知らんのやけども、バイクでちょこっと、ぐらいの距離にあったんで、買うと決めてから入手までは子一時間程度やった上に、お値段もものすごく安かったんで、そーゆー意味じゃ「安心」出来るお店ってイメージはあったんやけども、いやさ、同人ショップのサイトのあのエロさ(とケバさ)は、正直おばさんには厳しいもんがあって、いやさ、あれは、充分に素人避けの機能を果たしてるんじゃないかと思うよ。
まぁ、しょうがないからとらのあなで予約申し込みしようとID取ろうとしたら、年齢確認。しょうがないよなー、と、はいはいやっておひとつ申し込んだんやけどね、直ぐには受付しました、てなメールは来なくて、今までじゃたいてー自動で送信されたり、そうじゃなくても、ちょっと経ったら来てたのになー、と、ご予約がちゃんと出来てるのかどうかに、ほんのり不安を感じたけども、なに、代引きにしてるから、金銭的な損はないんで、ま、いいか。と思ってた。
果たして、一昨日とらのあなからメールがやって来て、発売日にお届けします(要約)な内容。おーやったー、間に合ったじゃん、と思っていたら、ちゃんと当日届いたと言う訳で、さっきまでプレイしてた。
ただねー、うっかり連休二日目はぼんやり休みたい気持ちも多くて、うっかり昼寝しちゃったら、当日のプレイにはなれなかったりして、あーもったいない。
後、後半年もあるんだから、と先送りしてたらとうとう、うみねこep1の考察が全然進まないうちに、ep3になってしまって、あーあ、な気分も今更ながらに起きてしまった。
ま、遊んでくるね。
序盤の方の雰囲気じゃ、ベアトリーチェは「過去」とか「思い出」みたいな読みは結構当ってるようにも思えて、よしよしな気分。
後、勝手に期待してたOPムービーは新しいのは入ってなくて、ep1のやつで、これは、交互に出て来るようになるのかな?それとも、「回答編」じゃ違って来るんやろか?まさ、ひぐらしの最初の頃から考えると、グラフィックと音楽はものすごく進化したよなーとは、思ってるんやけども、ついつい欲かいちゃうんだよね。
と言う事で、再びの移転はナシになったみたいやねんけども、一体何が起きてたのかはまだ確認していない。
は、いいとして、ダンナは今度の職場では、盆も正月も結構な連休になると言う事で、おうちで再び動画三昧――びっくりするぐらいチャンムグにハマってて、あの大河ドラマを既に5周ぐらいしてて、(全然調べたり勉強したりしてないにも関わらず)今や微妙に韓国語を聞き分けている様子すらある――で、今日はクルマの動画と古いアニソン見てたんやけども、したらさ、タイガーマスクが出て来たじゃないの。
と、思い立って探してみたけどもみつからんかった。
私は、アニメ化する前からタイガーマスクは好きで、アニメの絵には最初ちょっと馴染めんかったんやけども、そう言えば、タイガーの仮面もマンガとアニメじゃかなりニュアンス違ったよなーとか思いながら調べたらば、ほうほう。『ぼくら』連載やったんや。
なつかしー。おにいがマガジン呼んでたから、私もマガジン読んでたけども、内容が私にはちょいとムズくて、私はあの頃は『ぼくら』の方が好きやったんや。
後、当時はプロレスマンガが結構流行ってて、それも好きやった。考えてみると、逞しい男が汗と血を流しながら苦しむ姿がセクシーだと感じてたのかもしれないな、とも思う。
後、それとは別に、「虎の穴」って「特訓」を意味するような言葉になってるんだな~と、調べて改めて認識して、あの頃って人気アニメって「みんな」見てたもんな、とか思った。
まさ、それはさて置き。とても残念ながら、虎の穴の内部の特訓施設を描いたパノラマの画像はみつけられなかった。
見開きでどーんと出てたのが、冒険王ぼくらやったんか他のマンガやったんかも覚えてないけども、絵が思い浮ぶんで、(たぶん)あった事には間違いないんやないかとも思えるけども、マンガのストーリーとは直接関係のない部分なんで、雑誌の頭の部分によく入ってた――当時はそんなのが結構あった。「これが地獄だ!」とか「これが21世紀の都市だ!」みたいな――、「これが虎の穴だ!」みたいな絵だったとしたら、場合によっちゃ単行本にも入ってないかもしれなくて、いっそうあれをもう一回見て、確認してみたいな、とか思う。どっかで見かけたり、こんなのがあったよ、みたいな記憶があるならば、どーかひとつ。
タイガーマスクに関しては、ファンサイトもあって、色んな考察があって、面白かったけども、マンガ連載当時――アニメの方も見てたけども、私が求めてるのは連載マンガの方なんで、とりあえずマンガ連載当時、としておく――の「内容」に関する記憶はあんまりなくて、どっちかで言うと「シーンの画像」ばかりが思い出される私としては――ちょっと前まではストーリーはあまり覚えてないわりに、シーンはかなり明確に思い出せたりするのは、年齢が低かったせいだと思ってたけども、この頃になって、新しい記憶でもやっぱり断片的なシーンの方が多いようにも思えるようになったんで、もしかすると、(私の)記憶のあり方みたいのが、スナップショット的なのかもしれないと、ちょっと思ったけども、他の人と比較する機会が(ほぼ)ないんで、結局はよく分らない――考察に関しては、ほぉそうだったのかーみたいな驚きはあるけども、それそれ!あったあった!みたいな嬉しさはあんまり味わえなくて、著作権の問題があるからだろうなーとは思うけども、逆にマンガの「ひとコマ」を求めてしまったりして、どうも不完全燃焼。マンガってメディアも(今となっちゃ)もう決して「新しい」もんでもない上に、既に文化としてある程度は定着してるんだから、画像も「引用」も文章並みに自由度が上がればいいのにな、とか思う。
アカウントが凍結されたみたい。
今日(16日)突然、ほーむぺーじが表示されなくなって、403エラーになってる。え?何で?とは思ったけども、内容的には心当たりがありすぎて、問い合わせしてみる気にもなれず、一瞬、このまま終わりにしようかなーとも思ったけども、それも何だかな~て気もするし、どうしようか迷いながら、しょうがないからマインスイーパやってた。
で、上級の方はハイスコア伸ばせなかったけども、中級の方は着々と縮んで――てのは、中級は、最初に一回クリアしたきり全然プレイしてなかったから――、もうちょいで一分切れそう。
な辺りで決心して、新しいとこを探してみますに、ちょいとよさげに思えた個人でやってるサービスがあったんで、申し込んだけども、今の所返事は来てない。
さて、どうしたもんかなーと思いつつ、この際だからリニューアルしようかな、とか考えたけども、何だかめんどくて、そっちは後で考える事にしておいて、そうそう、この際だから、ここを日記にしてしまおうと思って、殆どいじってなかった、ここのブログを久々に更新。
ゆるいと思ってたfc2だったけども、どこら辺でひっかかったんかなぁ。一ヶ月程は特に何もなかったし、だいたいが、特にどことも接触してなかったんで、まるっきり具体的な形での心当たりはないけども、事前予告がなかっただけに、手の打ちようが無かった訳やけども、予告が無かった、て事は、「不適切なコンテンツが発覚した」と考えるのが妥当なんじゃないかと思うんで、やっぱり大手のサービスは避けた方がよかったのかもしれないと思ったのだった。
まさ、考えてみると、fc2てば、確かに何でもありではあるけども、一方で、削除凍結も度々見てた訳で、抗議があったら即消して形でやってるんだなー、そういや、それが(ある意味)この手のwebサービスの主流でもあったよなー、と、思ったり。迂闊でしたわ。
来月になってから、移転のお知らせしようと思ってたんで、そんな形での「てんやわんや」は避けられたのが、不幸中の幸い(?)ちゃ幸いで、移転のお知らせはもっと先になりそうね。
利用者がコンスタントにあるゲーム系と、私が勝手気ままにやってるこっちとを分けておいたのは、結構正解だったかもしれないよなーとは思う。
にしても、こうなると、fc2のアカウントはどうなるんだろ?掲示板とかブログも借りてる訳やけども、サイトが見れなくなった時には、FTPも停止されてたんだよね。さて。